ぬぎっぱなしの色。7

自分から書き始めるのはなんだかくすぐったい気持ちもあるが、今日はここに綴りたい気分なのだ。俺は信二、彰人と同棲をはじめてから一年がたとうとしているが、なんだか最近の彰人は道に迷っていると言うか、世間からの悲鳴をもろに聞いてしまっていると言うか、なんだか救いたいけれども救えない状態が続いていることは確かだ。

抱いてお願いといわれても自分は拒まないつもりでいた。付き合いを始めた当初は戸惑いもあったが、彰人と過ごす日々はなんだか暖かくて自分でも信じられないぐらい安心していることは確かだ。

今宵の日々は自分からでも蔑むことはできるが、俺はそんなことはしない。渚のうたかたが流れていても、本能に従うだけだし、自分で上の空で終わらせるつもりはない。いじけた大人のうわ言に迷うほど、俺は人生に落胆していない。ただため息ばかりつく日があったとしても、ダメだと思う日があっても、いつでも彰人はそばにいてくれたし、瞬きを忘れないでいてくれた。周りの目が邪魔するときもあったけれども、それでも俺は彰人を愛しているし、今では恋愛感情でもない友情でもない、なんだか不思議な感覚が流れている。

ためらいなんてまだ知らない。まっすぐに延びて胸を刈るときが来たとしても、不安には期待しないことにしている。その自信は諦めなかった経験から来ていることだし、人生なんて捉え方次第でなんとでもなることを俺は知っている。身の程なんてまだ知らないし、未完成で何が悪いと思っている。あなたのこれからが震えているのであれば、それは奮い立っていると言うことだ。聞こえているか青春よ、未来とはあなた自身だ。

「お、おかえり。」

「ただいま。」

「なんか彰人くさいな、にんにく食べただろ。」

「あ、ばれたか。油研究所行ってきてさ、蛭谷と。」

「彰人が誰かと飯なんて珍しいな、どういう風の間違いだ。明日雪でも降るんじゃないか。」

「おおげさ、俺だって大学に友達ぐらいいるし、飯だって行くさ。」

「なんかすっきりした顔してるな。いいことでもあったか。」

「ああ、蛭谷が良いこと言ってた。男女の恋愛の話してたんだけどさ、恋人とかそういうので括るんじゃなくて人と人の愛を育むのがいいと思うから、性別なんて関係ないって言ってた。」

「俺らのこと、言ったの?」

「いや、何も言ってない。男女の友情は成立すると思うって言ったら、向こうから言ってきた。」

「そうか。良いこと言うな、蛭谷。それは嬉しかったな、彰人にとっては。」

「うん、嬉しかった。でもさ、俺らってなんでこんなに隠れなきゃいけないんだろうってことも同時に思ったよ。同性愛ってだけでなんだか蔑まれている気分だし、世間から矢を向けられているみたいな感覚になる。これっていつまで続くんだろうって思う。」

「いいんじゃないか、別に、世間から愛想をつかされようが、特別扱いされようが、俺らは俺ら。世間から認められる必要なんてないんだから、二人だけのワルツを踊っていればいいんじゃないかと。」

「それもそうだな。これまでもそうだったもんな。この部屋だけ愛が溢れていればいいもんな。信二、やっぱり俺はお前のこと愛してるわ。」

「俺も、こうやって話せるのもお前だけだしな。愛してる。」

消えて腐っていく世間が正だとしたら、希望が混ざっているのは痛みが鈍った俺たちかもしれない。疲れきった世界とは裏腹に、俺たちの愛はどこまでも大きくなって、それまで求めてきた描いてきたところから飛び降りてでも掴みとる。思い出すような夜も、青い青春も、全部全部彰人と過ごしてきた。案外うまくやって来たと言うか、出会わなきゃよかったなんて言わない。ほろ苦い世界で認められなくても、この部屋だけはこの世界を許してくれる。

「愛おしい世界を他人に理解してもらう必要って、あるとおもうか?」

「なんだなんだ。そりゃないだろ。理解なんてしてもらう必要なんてない。自分のことを理解すればいい、人生ってのはそういうもんだって、源氏物語にも書いてあった。」

「光源氏も葛藤していたんだろうな。きっと。」

「なにに?」

「向けられる愛の多さと、それを抑制しようとしてくる世間に。」

「あっはは、まるで彰人だな。」

「そうだな。まるで俺みたいだな。」

「古典も読み漁ったよな。一時期。」

「なつかしいなー。カンドルのアカウント共有して、現代語訳の本を一緒に二人でまとめ買いしたよな。でも古典はいいよなー。」

「うん、めちゃくちゃいい。自分の世界がどれだけ狭かったかがわかるよな。」

その日は二人で文芸について語り合った。こうして彰人と話せるのも幸せなんだと言うことを噛み締めながら。

なにも謎目いていない。今日は昨日の続きであって、明日は今日の続きなんだ、ただそれだけで愛おしいことを俺たちは知っている。君と二人で言ったり来たりしたいだけで、恋がしたいだけなんだ。俺たちの物語に終わりはないし、現代文学の末を話すぐらいの仲なんだから、泣けてしまうぐらい平和な日々だ。

いつものくらい顔を見過ごすよりもまた優しい感情になれるのも、その目から伝わってきた隔たりを、浮わついた心で見るよりもいいだろうとおもう。今すぐに行方をくらますことも、考えていないことはないが、もう少しこうして一緒に恋がしたい。

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