あさひがのぼるまえに。9

何かを始めるときは何かを捨てなければいけないというが、それは本当なのだろうか。笑いあうために、ごめんねに込めたありがとうのように、幸いきれいなままで終わっているものでもいいのではないだろうか。信じられるのであれば、辛抱して僕はあいまいさのままでこの世界を去りたいと思っている。きっと、そんなことすらかなわない世の中だからこそ、僕が見つめる景色の中で君が輝いているんだろう。

あれから1か月が経過した。経年の年月のごとく、目がくらんでしまうような忙しい日々だったが、何とか生きているのはみのりが居たからだろう。僕は繰り返している、何度も何度も、この世界が、この社会が、なんだか自分には合っていないと思っている。なんだか黒い塊が、うごめいていることが分かる。喜びも悲しみも、句読点のない世界で認め合うことができたのであれば、自分としては満足なのだが、人生はそううまくはいかないらしい。

こんなに大切な光に言いかけた言葉があるとしたら、何時しかの世界で呼び寄せたあの時に、受け取りあう僕らになんで名前を付けたのかを知りたい。一回で成功しないようにこうして踊ることを許した理由を知りたい。抜け出すHOWを信じられないところにちりばめて、良い感じに見失わないところに置いたのはなぜなんだ。

「よっ!」

「おお、四ノ宮。久しぶりだな。部署が変わってからあんまり話してなかったな。」

「だべさ、久しぶりにコーヒーでもどうだ。」

「行こう行こう。」

この先もずっと何かを耐えることが正義なのだとしたら、懐かしい背景は金山のごとく離れないでいてくれるのだろうか。曇った夜を照らす何かを手にできることは叶うのだろうか。青臭いつぼみは僕たちに何を課しているのだろうか。聞きたくない音を聞く必要はあるのか、奏でたくない音を奏でる必要はあるのだろうか。誰もが大事に思う日もなんだか味気のない日に感じてしまうのは、自分がおかしいのだろうか。

「調子はどうなんだ。新しい部署での。」

「まあまあかな。そんなにすぐに結果が出るわけでもないから、ぼちぼちやってるよ。でも、思ったよりも仕事に力を入れても満足感は少ないなって思ってる。」

「ほう、満足感ねえ。」

「満足感。なんだか人生の充実度的にはあんまり増えてないというか、なんというか。」

「お前、仕事と人生をさては切り離していないな?仕事は仕事だろ。つまんないのが当たり前だし、だから給料がもらえているんだっつーの。そもそも仕事に楽しさを求めているお前が変なんじゃないか。」

「仕事と人生を、切り離す。ねえ。」

「うん、俺は切り離してる。面談している学生と会う時ぐらいが俺の人生始まったーっていう時だな。それ以外は無心でやってることが多いよ。」

「無心かあ。わからんなあ。」

「世界とか世間とか社会とか、気にしすぎなんじゃねえの。もっともっと狭い世界で生きても罰は当たらないぜ。」

濁った星に一滴の聖水が混じっていたとしたら、その存在は溶けてしまうのだろうか。善も悪も胸の中にしまって、何度も何度も失敗して、大事に思う時こそ自分のことを大切にして、世界の平和のために尽くすことが正なのではないのだろうか。芸術的なことで満たされる世界じゃダメなのだろうか。白と黒がはっきり分かれていることが正義なのか。甚だ疑問ではあるが、自分はあいまいな世界で生きていたいと思う。

君のことを思った夜でもいつかは分かれてしまう時が来るなんて思ってもいないけれども、心の声を留めることができないから、なんとなくこうして綴って吐き出している。四ノ宮が言っていたことは確かに一理あるが、自分は人生をそんな簡単にあきらめたくない。自分の人生なんだから、すべてを充実させて何が悪い。

つい最近までは俺もそっち側だった。人生なんてただの暇つぶしで、こなせばいいと思っていた。それでもなんだか人生に申し訳なくなってきて、こうして本腰を入れて仕事に向き合っている。仕事も生活も、人生の一部なんだから、俺はその時間を無駄にしたくない。

「俺は仕事よりも人生が大事。仕事も人生の一部なんだから、なんかこう、力入れてやりたい。って思ってる。」

「珍しいな、石上がこうやって強く言うなんて。」

「あ、ごめん。」

「いや、でもそうだよな~。俺も自分で言ってなんだか後悔してるよさっきの言葉。なんか、仕事っていう土台と人生っていう土台を別物だと考えてた。それでも全員に与えられた時間は平等だもんな。」

「そうだな~。なんか深い話になったな。」

「でもさ石上。この社会は、意外とさっきの俺みたいな考えのやつが多いから、そういうやつに惑わされんで、自分の生きたいように生きるのが正解なんだぜ。お前は何をしても正解よ。何をしても。」

愛しすぎるぐらいがちょうどいいとは思うのだが、僕は今の世界を愛することはできない。なんだかこう、何かのわだかまりが世界でうごめいているような、そんな。連絡が多めに来る日があったとしても相手にしないように、俺も世間からの声に耳をふさぐことができたらいいが、なんだかそれは耐えられない気がしてならない。愛しても愛しても意味のない愛だったらそれまでだ。

手を取り合って話さなきゃいいし、どんな時も隣だったらいいが、人生はそう言うわけにもいかない。一番じゃなくていい。そういう順番すらもないのがこの世界である気がするのは自分だけだろうか。

誰かにとってたかがそれぐらいの、平凡な人生だったとしても、その背景には人がいて、心があって、だからこそ人間は粗末に扱ってはいけなくて。どうにもならないことをどうにかするのが自分の使命だと思っている。余計な荷物に気づくときはもうすぐなのかな。

まだまだ気づくことが、この時はできなかった。

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