私たちのルール

IDOLiSH7・和泉一織の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

時刻は20時を回ろうとしていた。小鳥遊プロダクションの事務室はまだ灯りがついていた。カタカタをキーボードを打つ音を鳴らしながらパソコンの画面とにらめっこをしている事務員が一人。
「……………っふぅ〜、終わったー」
「お疲れ様です」
肩を叩きながら首を回す事務員の背後から声がかかりとっさに振り返った。
「!?い、一織さん??」
「これどうぞ」
いつ来たのか問おうとする前に差し出されたオレンジジュースの缶を受け取る。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。…遅くまで残業ですか?毎日大変ですね」
「あ、はい…でも、それもこれもIDOLiSH7の皆さんのためですから!全然へっちゃらです!!」
一織はふっと笑うとパソコンに手を伸ばした。
「…今日の業務はもう終わりましたよね?」
「え、あ、はい」
確認した一織はパソコンの電源をおとした。
「なら、帰りましょう。送ります」
「え!?い、いえいえそんな!一織さんにそんなことさせるわけには…!」
「構いません。準備して下さい」
一織はデスク上のまとめられた書類を簡単に整えた。
「わ、私一人で大丈夫ですから…!」
尚も言い募られた一織は手を止めて振り向いた。その眉間は険しく見える。
「ーーー私に送られてはなにか不都合でもあるんですか?」
「えっ…い、いえ…ないです。ただ悪いなって」
「…何時だと思っているんです?残業中の女性を見つけてしまった以上、男である私が一人で帰せるわけないでしょう」
「一織さん…」
一織は一度咳払いをして続けた。
「分かったのなら帰りますよ、碧さん」
事務員こと碧は一度頷くと鞄に荷物をつめた。

帰り道、一織と碧は時折話しながら歩いていた。
「え!陸さんは今日そんなことがあったんですか!?」
「ええ…まったく毎度のことながらあの人のドジ加減には呆れますよ」
ぶつぶつ小言を言いながらもどこか楽しそうな一織の様子に碧は微笑んだ。
「ふふっ、楽しそうですね。一織さん」
「え、なっ、そんなことはないです!」
「そうですか?とっても楽しそうですよ」
否定するも、それはただの照れ隠しなのがまるわかりの頬を染めた一織。碧は全部分かっているかのようにニコニコ笑っている。
「良かったですね、一織さん」
「……」
小さく、はいと返した一織の声に碧は嬉しそうだった。そんな碧に一織は口を開いた。
「ーーー戻っていますよ、口調」
「え?」
碧が問うとそこにはとても真剣な眼差しの一織がいた。
「私のことを呼んでみて下さい」
「え、いお…!」
はっと気がついた様子の碧に一織はふぅと息を吐いた。碧は目線を彷徨わせながら身長差で自然に上目遣いになる一織を見上げた。
「あ、あの…まずはごめんなさい」
「はい、気づきましたか?」
「はい。で、その…戻してはダメですか?呼び方を」
碧の控えめなお願いに一織は眉間にしわを寄せた。
「…嫌ですか?」
「え!?いえ!そんなことは」
「じゃあ呼びづらいとかですか?」
「違っ…!嫌なわけでも呼びづらいわけでもないんです」
一織の問いかけにはっきりと否定する碧の言葉の続きを一織は待った。やがて碧は消え入りそうな声で告げた。その頬は赤く染まっている。
「は、恥ずかしいんです」
思いがけない言葉に一織の思考は停止した。と言っても見開いた目もすぐさま咳払いで誤魔化し、碧には気づかれないようにしたのだが。一織の言葉を待つように自分の様子を伺っている碧に一織はどうにか調子を戻す。
「…どうして恥ずかしいんですか?」
少し声が震えてしまったが、平常時と変わりないように一織は問いかけで探る。
「こ、子供の頃はそう呼んでいましたけど、今はもう大人ですし…私はIDOLiSH7が所属している事務所の事務員ですし…さん、の方がいいかなって。実際大和さんはさん付けで呼んでいますから」
一織が期待する答えではなかったが、とても納得する理由ではなかった。
「確かに私たちは幼なじみです…だからこそ今更じゃないですか。それに、二階堂さんはあなたより年上だからでしょう?第一、兄さんのことは、さんではないでしょう」
一織の最もらしい正論に碧はそうだった!と気がついた様子だった。一織は心の中でため息をつくと再び口を開いた。
「ーーーとにかく、呼び方を戻すことは認めません。今のまま呼んで下さい」
「え!ま、待ってください!」
「待ちません」
強引に話を終えた一織は、碧の鞄を受け取って歩き出してしまった。
「一織さ」
「…今の呼び方で呼んでくれたら返して差し上げますよ」
碧の鞄を持ったまま、振り返った一織が言う。碧は少し間を置いた後、意を決したように口を開いた。
「一織くん」
それが一織の言う、今の呼び方だった。頬を赤く染めて自分を見つめている碧にふっと一織は微笑んだ。
「ありがとうございます、碧さん」
鞄を返してもらうために差し出した碧の手だったが、代わりに一織の手に握られた。
「え!一織くん!?」
「帰りますよ、碧さん」
「は、はい。じゃなくて鞄を」
「もう遅いですから、急ぎますので」
答えることなく、一織はスタスタと碧を引っ張るように歩いていった。

そう、私たち…私と碧さんの二人で決めたルール。それはお互いを『さん』、『くん』で呼び合うこと。私たちは幼なじみでそれこそ子供の頃はそう呼んでいたのだ(もっと幼い頃は私は彼女を『ちゃん』でしたが)。

先に社会人になった彼女は私のことを『さん』で呼び始めたのだが、私はそれが気に入らなかった。すぐさまそれを訂正させたのだが、たまにこういうことが起こるのだ。

横目で振り返ると、自分に引っ張られた形とはいえついてくる彼女に満足する。

ーーーさん、なんて呼ばせませんよ。そんな他人行儀は嫌ですから。いい加減慣れて下さいね。

                END

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