変わらない特別な場所

TRIGGER・八乙女楽の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

着物を身につけた美人な女将さんが店先で暖簾を掲げて開店準備を進めている。店内では店主が生地を捏ね、大女将さんがそのサポートをしていた。私は連絡または必要事項を確認した後、気合いを入れる。そこへ女将さんからの元気な掛け声がかかった。
「そば処・山村、本日も開店です!」
その声に店主を始め、大女将さんに続いて私も返事をする。

「…おいしい!」
山村さんのお蕎麦を頂いていた私はそのおいしさに感動した。向かいには美人な女将さんがにっこりと褒められて嬉しそうに笑っている。
「でしょう??なんていったってうちの看板メニューなんだから!あ、良かったらじゃんじゃん宣伝してね??」
「ふふっ、はい」
すごく美人なのにとても茶目っ気のある女将さんだ。そこへ近くから新たな声がかかった。
「うちの蕎麦を気に入ってくれてどうもありがとう。まだたくさんあるから食べていきなね」
女将さんによく似た大女将さんが柔らかく笑っていた。
「もうお母さんったら、そんなに勧めたら困らせちゃうでしょ?」
母を嗜める女将さんにさらに奥から声が聞こえてきた。
「なに言ってんだ。うちの蕎麦を食べて困ることがあるかってんだ!嬢ちゃん、遠慮しねぇで腹一杯食っていけよ!」
「お父さんまで…」
やれやれと呆れる女将さんだが、その口元は笑っている。
「それにしても、買い物に行ったお母さんの荷物を持ってくれてどうもありがとうね。助かったわ」
「いえいえ、そんな!ちょうど帰り道でしたし、それにお礼にってお蕎麦まで頂いちゃって…私こそありがとうございます!」
頭を下げる私に女将さんも大女将さんも店主さんも微笑んでくれた。
「美夜ちゃんってばいい子ね〜!うちの娘になってほしいわ〜!」
「おいおい、息子がいるだろう」
「あら、娘もいたらいいなって話よ!」
「楽が妬くよ」
楽しそうに3人の身内話があれよあれよと進んでいく。私が聞き取れたのは女将さんに息子がいるということだった。
「息子さんがいるんですか?」
「うん。離婚した旦那の方にね。生意気盛りだけどいい子よ…調子に乗るから本人には絶対言ってやらないけど」
ウインクをして楽しそうに話す女将さんを見てきっといい息子さんなんだろうなぁと思う。そこへお店の引き戸がガラガラと音を立てた。…お客さんかな?そう思って振り返ると、そこには身長の高いとてつもないイケメンが立っていた。…!?
「ただいまー」
「あら、楽。おかえり!今日は休みなの?」
「ああ、今日はレッスンも仕事もない完全にオフだ。じいちゃーん、手伝うよ」
女将さんが応対してイケメンさんは店奥の店主さんに声をかけた。
「なんだなんだ、休みくらいおとなしく休めってんだよ」
「いいだろ、別に。サンキュー、ばあちゃん。じゃ、俺着替えるから奥借りるな」
怪訝さを口にしていた店主さんだったけど、その表情は嬉しそうで、それはイケメンさんに着替えを渡した大女将さんも同じだった。なんだろう…この一連の流れだけでとてもいいお店だなぁって思ったんだ。
「噂をすればなんとやらというか…美夜ちゃん、さっきの背の高いのが息子の楽。20歳。確か同い年よね?無愛想なヤツだけど、良かったら仲良くしてあげて」
女将さんにそう言われ、内心では私があんなイケメンさんと!?って思ったけど、自然に頷いていた…。

着替え終えたイケメンこと楽さんがお店に出てきた。私はその姿に釘付けになってしまった。…か、かっこよすぎる!!その視線に気づいたらしい楽さんに声をかけられた。
「ーーおまえ、誰だ?新しいバイトか?」
一応さっきもいましたけどッ…イケメンさんの目には映らなかったのかな??そして、さっきも聞いたけど…声もイケメンですね!!でもってちょっと威圧感が〜!私はなんとか声を出した。
「さ、相楽美夜といいます…その、帰り道にここのおばあさんと会って…一緒にここに来て…そしたら、お礼にとお蕎麦を頂いてました!」
ぎこちない私の説明で伝わったかな?おそるおそる楽さんを見上げると、ふっと頬を緩めていた。思いがけない表情に目を瞬いた。
「ーーそっか、うちのばあさんの荷物持ちを手伝ってくれたんだろ。ありがとな」
私が上手く説明できなかった部分を楽さんが汲み取ってくれたことが嬉しかった。
「い、いえ!こちらこそおいしいお蕎麦を頂いて…どうもありがとうございます!」
私が改めて楽さんにお礼を言うと今度はニッとさらに嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「そいつは良かった!うちの蕎麦、うまいだろ?」
はい、と頷いたところで女将さんから楽さんに声がかかった。
「楽、アンタお腹は?空いてないの?食べる?」
「ん、ああ。もとよりそのつもり。食う」
調子いいんだから、なんだよ、と言い合う親子に大女将さんがにこにこと笑顔でお盆を持ってきた。
「そう言うと思って用意してあるよ」
そう言って楽さんの前に差し出すと、彼はキラキラと目を輝かせた。
「お!ばあちゃん、ありがとう!いただきまーす!」
箸を割って蕎麦を啜る楽さんはとても満足そうだった。
「ーーやっぱじいちゃんの蕎麦が一番うまい」
そう言った笑顔はとても眩しかった…。

あの日からの縁で私は楽さんの実家であるそば処・山村で働かせてもらっている。うん、慣れてきたかな。あれから楽さんとはときどきお店で会った。その度に話しかけてくれて思いがけず気さくな楽さんと話も弾んだりしたのだ。その間に実はアイドルユニット・TRIGGERの一員であることも教えてくれてすごく驚いたけど、納得したんだ。TRIGGERも今や大人気でお茶の間で見ない日はないくらい。…改めてすごい人と知り合ったんだなぁと思ったりもする。あまり実感がないのだけれど。ーーそれはきっとこのそば処・山村さんのおかげ。とても贅沢な時間を過ごさせてもらってることに感謝です。

TRIGGERが人気になるにつれて楽さんがお店に顔を出す日は減ってしまった。大人気のアイドルだもの、それは当然である…が、正直なんだか私は寂しさのようなものを感じていた。まだそれが一体なんでなのかは分からなかったけど。

時刻は、夕方を過ぎて夜に差し掛かったぐらい。今日もピークの時間帯を終え、営業時間終了に向かって静かに仕事をこなしていた。店主さんも女将さんも大女将さんも私もみんなそれぞれが一息ついている時間だ。お店に設置されているテレビはいつのまにか歌番組に変わっていた。…あ、これミスター下岡さんが司会の番組だ。確かTRIGGERが出るはず…!私がそう思っていると、ミスター下岡さんに曲紹介をされたTRIGGERが歌い始めた。

『♪〜予感がしてた Ready〜♪』

ーー楽さん!楽さんと出会って、TRIGGERを知ってからもう何回も聴いている曲だけどすごく上手い!!かっこいい…!

圧巻だった。圧倒的だった。他のアーティストも出ていたけれど、もうTRIGGERしか…楽さんしか目に入らなかった。…私は分かっていた気持ちに、気づかないふりをするのを、やめた。だが、それと同時に…とても遠い存在になってしまったような気がしてならなかった。ーーもうここで、このお店で会うことは難しいのかも…ないのかもしれなーー

その時、ガララッと勢いよく引き戸が開いた。お客さんだ。奇しくも引き戸に背を向けていたからちょうどよかった。私は目尻に浮かんだ涙を拭い、笑顔で振り返った時、低めの声が降ってきた。

「ーーよぉ、久しぶりだな」
そこには、今の今までテレビで見ていたアイドルが立っていた。私はそれが夢か現実なのか区別がつかなくなって固まってしまった。目の前の楽さんはしていたサングラスを外してコートの胸ポケットに引っ掛けた。それから再び私を見てなにかに気づいたように目を見開いた。
「おまえ…泣いてたのか?」
「え…あ、これはそのッなんでもなくてーー」
「ここ、痕が残ってる」
上手い言い訳もなにも思いつかずあたふたする私をよそに楽さんはあろうことか指で私の頬についた涙の痕に触れた。一気に体温が上がった。正直言って倒れそうだった。どうにか踏みとどまったけど。
「…大丈夫か?」
「え、は、はい!大丈夫です!心配かけてごめんなさい!」
ドキドキして早口になる私に楽さんはハハッと笑う。
「ーーこういう時は、ありがとう、だろ?」
「そ、そうですね…!」
もはやそれどころじゃなくてなにをしゃべっているのかも分からなかった。ふと楽さんは備え付けのテレビを見上げた。
「あ、そうか。これ今日オンエアだったのか」
声にならなくて全力で頷いた。
「見てくれてたんだな」
はい、と消え入りそうな声だったけど口にした。
「ありがとな」
そう言って楽さんに頭を撫でられた。…もう私、これ以上は限界です。私が密かに限界値を迎えていると、近づいてきた女将さんが楽さんの頭をパシッと軽く叩いた。
「いてっ!」
「ーー久しぶりに帰ってきたと思ったら、なにうちの大事な従業員をナンパしてるのよ!」
「は、はぁ!?ナンパなんかしてねぇよ!」
「嘘おっしゃい!全く隅におけないんだから!私はそんな不良息子に育てた覚えないわ!一体どこで覚えてきたんだかッ」
「どこでも覚えてきてねぇし第一不良じゃねぇよ!!」
楽さんと女将さんのやりとりで一気に店内の空気が明るくなった。おかげで固まっていた私も限界値から解放されたらしい。…はービックリした〜!気持ちを落ち着けている私に女将さんが楽さんの主張をかわしながら耳打ちしてきた。
「ーー美夜ちゃん。悪いんだけど、うちの不良息子の注文聞いてもらってもいい?あの調子じゃ私の言うことに耳貸さないだろうから」
驚いて目を向けると、女将さんがあの茶目っ気たっぷり且つどことなく優しげな顔をしていた。はい、と私が頷くと女将さんは微笑んでありがとね、と言った。よし!と気合いを入れた私の顔はきっと赤い。楽さんに近づくと、彼はまだブツブツとまるで子供のように独りで言っていた。こんなにかっこよくて大人っぽい楽さんの、とてもかわいらしい一面を見てなんだか私はおかしくなった。少し笑いを堪えてから声をかけた。
「ーー楽さん」
私の呼びかけに独り言をやめた楽さんが振り返る。私は言葉を続けた。
「ご注文はどうなさいますか?」
問われた楽さんの頬に赤色が増した。コホンッと一度咳払いをしてから楽さんが微笑む。
「ーーもちろんここの看板メニューを1つ!」
楽さんの表情は、出会った日と同じ眩しい笑顔だった…。

END

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