分岐点よ、なくなれ!

IDOLiSH7・和泉一織の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。
過去話になります。

冷たい風に吹かれた葉が宙を舞っている。
「いってきまーす」
カシャンと家の門を閉めてすっかり冬の景色を彩った低い気温の中、通い慣れた道路を歩いて行く。
「さ、寒い〜…」
マフラーに顔を埋めるようにして一定のリズムで歩いていると、いつも通る通い慣れたお店が見えてくる。幼い頃から通っているケーキ屋さん・fonte chocolatだ。かわいい内装にとてもおいしいケーキという評判に加えて私にとってはもう一つ、特別なことがある。
「元気かなぁ…二人とも」
ここは、私の幼なじみーーー和泉三月くん、和泉一織くんという、和泉兄弟のお家なのであった。私は兄の三月くんと同い年で、今年の春で高校三年生になる。弟の一織くんは春になったら中学二年生だ。…といっても、それぞれ勉強や部活動などに忙しい日々を送っているはずのため、最近はなかなか会えていなかった。
「三月くんとは違う高校だし、一織くんは学年がかぶらないからなぁ」
私があれこれ考えながら歩いていると、見慣れたそのお店側ではないお家の方から、これまた見慣れた後ろ姿が目に入った。見間違うはずのないその後ろ姿に私は思わず声をかけた。
「…っ、一織くん!?」
私の声に気づいたらしく振り向かれた。目を見開いたような面持ちの彼と目が合った私は駆け出した。目の前で止まり、息を整える。呼吸を整えている私に彼は声をかけてきた。
「…だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。ありがとう」
答えて顔を上げた私に彼も安心した様子だった。私は改めて挨拶をする。
「おはよう、一織くん。久しぶりだね」
「おはようございます、碧さん。はい、お久しぶりです。…元気でしたか?」
「うん、元気だよ。一織くんも元気だった?」
私が同じように聞き返すと、一瞬、一織くんの表情に影が差し掛かったように見えた。…?どうしたんだろう?不思議そうに顔を覗き込む私に気づいたのだろう一織くんはパッと微笑んだものの、それはどこか儚かった。
「はい。元気ですよ。碧さんも元気そうでよかったです」
確かに儚く見えたものの、すぐに柔らかい笑顔を向けられた私はドキッとした。あ、あれ?どうしたんだろう私…??それに顔が熱くなってる気がする…私は誤魔化すようにマフラーを引き上げた。一織くんが首を傾げた気がしたが、気づかないふりをした。
「…今日も寒いですね。まだ春には遠そうだな」
「そうだね…」
どうしよう、私から声をかけたのに会話が続かない…本当にどうしたんだろう私?ドキドキも止まらないーーー?私はなんとかその速い鼓動を抑えながら、久々に見る一織くんを見上げた。すると、彼は冬空を見上げており、整った横顔が目に入った。…きれい。昔から思っていたけど、一織くんって本当に、美形…って私ってばなに考えてるの〜!?今はこのドキドキを抑えたいのに…!人知れず闘っている私だったが、ここであることを気づいた。…あれ?こんなに差があったっけ??ふと気づくと私は一織くんに向けて手を伸ばしていた。気づいた彼がこちらに向き直った。
「…?碧さん?」
伸ばされる手に動揺したのか一織くんが目を瞬く。構わずに私は一織くんのちょうど頭のてっぺんからわずか1ミリ離れたぐらいの場所に手を置いた。
「…一織くん、背伸びたね」
私の手があるのは一織くんの頭のてっぺんギリギリぐらいだ…ここだけの話、実は私は背伸びをしている。そうしないと届かないほどなのだ。急に手を伸ばされて驚いていた一織くんだったが、一度軽く咳払いをした後、口を開いた。
「…はい。去年と比べて10センチは伸びたかと思います」
「10センチ!?すごいね!!」
「はい。おかげで成長痛に悩まされています」
「大丈夫?…仕方ないけど、あれって痛いよね〜!私、夜痛くて起きたことあるもん」
うんうんと同意する私に一織くんはふっと笑ったようだった。
「大丈夫です。ありがとうございます。…ところで碧さんは身長伸びましたか?」
どこか楽しげに聞いてくる一織くんは本気で言ってる、のかな?ん?もしかしてからかわれてる?…分かんないや。それにしても痛いところついてくるなぁ。
「…わ、私はもう春で高校三年生だし…去年と同じぐらいだよ〜」
ちょっと拗ねたようになってしまった。一織くんはなにがおもしろかったのか声を上げて笑い始めた。
「え、ちょっと一織くん!?笑わないでよ〜!」
一向に笑い終える様子のない一織くんの胸を私はポカポカと叩いた。一織くんは叩いてくる私の手を自分の掌で受け止めた。両手を握られてしまいどうしようもなくなって見上げたところ、目を細めた一織くんと目が合った。再び鼓動が高鳴る。も、もうなんなのこれっ…
「ーーーすみません、碧さん。冗談です。…久しぶりだったのでついからかってしまいました」
一人で謎の速い鼓動と葛藤していると、楽しそうに微笑んだ一織くんに素直に謝られた。その顔からはもう影は感じられない。もう大丈夫だと思った。…というか、やっぱりからかわれたの!?
「〜〜〜もうひどいなぁ〜!一織くんの冗談は分かりづらいよ…」
そうですか?と首を傾げた一織くんから握られた手を離した私に、彼は口を固く結んだように見えた。
「…一織くん?どうかしたの?」
私の問いかけに、少しの間なにかを考えたような後、一織くんは口を開いた。
「ーーー碧さん。私たちの通学路は途中まで同じですよね?」
「え、あ、うん。そうだね」
「なら、一緒に行きましょう」
私が答えるや否や一織くんはそそくさと歩き出した。ハッと気づいて後を追う。
「え、一織くん!?」
追いついて一織くんの顔を覗き込むと、口元に手を置いて視線を彷徨わせた彼の頬は少しだけ赤く見えた。そして、どことなくぎこちなく言葉を紡いだ。
「…お忙しいのか、最近お越し頂けていないので、うちの店の新作を教えて差し上げますよ」
「え!本当!?ありがとう!うん、教えて!」
彼の思いがけない提案にきっと私は目を輝かせていると思う。…単純だけど、嬉しい!一織くんの言う通り、最近なかなか行けていなかったから。隣で一織くんがふっと笑う気配がした。
「それでは、行きましょうか」
「うん!行こう!」
一織くんと並んで歩き出す。新作ケーキの話から学校での話とかいろいろ話しながら思った。今日会った時が嘘みたいに話が弾んでいることが嬉しい。…変わらない、昔のままみたいに。通学路を進むと、遠くに分岐点が見えてくる。
「…もうすぐ、だね」
なんと言えばいいか分からなくて曖昧な言葉を言ってしまった。…伝わるかな?
「…そうですね」
私の拙い表現も一織くんは理解してくれたらしい。やっぱり頭良いんだなぁ、ありがとう。それに、なんとなくだけど…私たちの声のトーンが似ているように感じた。…早いなぁ。同じだったらいいのに。だんだん近くなる分岐点を残念に思っていると、同じスピードだった足取りが緩められた気がした。不思議に思って隣を見た。
「少しゆっくり行きましょうか。…一人での通学は余計に冷えますから」
前を見据えたまま、一織くんがマフラーを引き上げてそっと呟いた。僅かに見えるその頬と耳元はなんとなく赤い気がしたけど…寒いのかな?うん、分かる!一人で通学してると体はおろか心も寒いよね〜。
「うん、ゆっくり行こう」
頭の良い一織くんのことだからたぶん普通のことを言っているんだろう。けど、なんであれ嬉しいな。…ん?なんで嬉しいのかな?んー!今日の私は自分でもよく分からないっ。
「はい、ゆっくり行きましょう」
隣から聞こえてきた声は、彼の表情そのままに柔らかかった。そんな一織くんの優しい顔に私のよく分からない悩みなんてどうでもよくなる。
「一緒にね」
「はい、一緒に」
少しだけ近づいて小声で言った私に一織くんも屈んで繰り返してきた。本当に二人で通学していたらあったかくなってきたなぁ。…分岐点よ、なくなれ!

その後、二人が遅刻ギリギリでそれぞれの教室に入ったのは内緒の話である。

END

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