束の間の休息

IDOLiSH7・和泉一織の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

その日の仕事を終えた一織は帰寮する前に事務所へ向かった。
「あれ、一織くん。どうしたんだい?」
デスクでパソコンに向き合っていた万理に出迎えられた。珍しく事務室には万理しか見当たらなかった。…いないか。
「お疲れ様です、大神さん。本日の仕事を終えたので帰寮する前に事務所に寄らせてもらいました」
「そうだったんだね、仕事お疲れ様。あいにく今日は社長も紡さんも他の社員も出払っていていないけど、よければゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
優秀な万理の気遣いに感謝した時、突然背後に衝撃が走った。衝撃といっても大それたものではなく、むしろふわふわしたもの…その正体を確かめる前にすでに確信があった。
「みゅみゅ〜!!」
それはうさぎのきなこだった。万理の慌てた声が響く。
「あ。こら、きなこ!いつのまにっ…」
ごめんね、一織くんと謝りながら、変わらず一織の背中で遊んでいるきなこを捕まえようとする万理だが、なかなか上手くいかない。一織はふっと笑った。
「…私は大丈夫ですよ、大神さん。お気になさらず」
「…そ、そう?助かるよ。ありがとう」
不機嫌になるかと思ったら、まるできなこのしたいように背中を預けているような、意外にも好感触の一織に万理は内心ホッとした。それも束の間、万理は思い出したように時計を確認し、鞄に荷物をつめ始めた。
「ごめんね、一織くん。実は俺もこの後打ち合わせがあって出なきゃならないんだ」
「お忙しいですよね、いつもありがとうございます」
なんのなんの!と笑顔で笑う万理に一織もつられて笑う。
「この後は寮に帰るだけなので留守はお任せ下さい」
「ごめんね〜、なにからなにまで本当に助かるよ!あと一時間ぐらいしたら社員が帰ってくるはずだから、それまで悪いけどお願いします」
律儀に頭を下げる万理に一織も同じように返した。じゃあいってきます、と言う万理の背中を見送った。一織は一度ふーと息を吐き、未だに自分の背中で遊んでいるきなこへ腕を伸ばした。
「ーーーまったく落ち着きがないですね、あなたは。私の背中で遊ぶのがそんなに楽しいですか?」
「みゅみゅーー!!!」
一織の小言めいた言葉にきなこはひときわ大きな声で鳴いた。
「!…っ元気ですね。いいことです」
自分の腕の上で楽しそうなきなこに一織は一度咳払いをした。
「みゅ?」
一織の様子が気になったのか、きなこは顔を覗き込んでくる。
「…心配してくれたんですか?ありがとうございます、大丈夫です」
「みゅー!!」
頬を赤らめて笑った一織はもう素直にならざるを得なく、安心した様子のきなこを一織はぎゅっと抱きしめた。
「さぁ、なにをして遊びましょうか?」

事務室の隅に置いてある長椅子に座った一織は、自分の膝でくつろぐきなこを優しく撫でている。たくさん遊んだきなこはうとうとしている様子だった。もうすぐ寝るのだろうなと思いながら微笑む。
「ーーーたくさん遊びましたからね、寝て大丈夫ですよ」
一織のその言葉を合図にきなこは完全に目を閉じたのだった。
「…おやすみなさい」
もう少し撫でていたかったのが本音だが、きなこの安眠のため一織は手を離した。こんなに穏やかな時間は久しぶりだと一織が束の間の休息に目を閉じた…。

カチャと事務所のドアが開かれた。
「ただいま戻りましたー…って、そうだ。全員外出中だったんだ」
入り口近くにあるホワイトボードを碧は確認し、自分のデスクに鞄を置いた。そして、社長と紡と万理という三人に頼まれていた仕事をとりかかる。
「きなこー?遅くなってごめんね〜。ご飯にしようか」
と言ってゲージのある場所へ歩き出した時、隅の長椅子に座る一織ときなこを見つけた。
「…一織くん?それにきなこも」
一織はまだあどけない顔で寝息をたてており、きなこは彼の膝ですやすや寝ているようだった。その様子に碧はとても微笑ましくなり、静かに隣へと腰かける。
「…久しぶりに見たなぁ、一織くんの寝顔。昔と全然変わってない」
ふふっと笑った碧はきなこを起こさないようにひと撫でした。
「ーーーご飯はまたあとでね…」
きなこにそう語りかけて、再び一織に目を向けた。
「…かわいいなぁ」
自然と口をついて出た言葉にハッとした碧は恥ずかしくなった。けれど、それは紛れもない本心だった。

目を閉じたままの一織の顔が赤くなり、眉がピクンと動いた。
「……」
目を開けた一織は隣から聞こえるかすかな息遣いに目を向ける。見たところ、隣に座る彼女は寝ているようだった…頭を左右に揺らしながら。一度、はぁと小さく息を吐いた一織は、その不安定に揺れている彼女の頭を自分の肩に寄りかからせた。
「ーーーかわいいのは、あなたですよ…碧さん」
とても至近距離になった彼女を見つめて頬の朱色が増した一織は微笑んだ。

まだ時間はある…私ももう一度寝てしまおう。

自然に碧に重なるように頭を寄せた一織は、再び寝息をたて始めた。

IDOLiSH7のメンバーたちが帰ってくるまで、事務所の社員たちが戻ってくるまで、きなこが起きるまでーーーの束の間の休息。

               END 

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