思い出も一緒に


ŹOOĻ・狗丸トウマの夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

会場を揺らす轟音。大勢の人たちが中央のステージに向かって歓声をあげている。
「…ッサンキュー!まだまだこれからだぜ!!」
メインの彼の声にさらに熱気が増し、歓声は鳴り止むことはない。
「ハハッ。ありがとう!俺たちについてきてくれよな!!」

もちろんだよ。

「これからもずっとだ!約束だぜ!!」

うん!大好きッ…!!

周りに負けないように、後押しされるように私も声を張り上げた。

きっとこの光景は忘れない。一生の宝物。

そう、思っていた…のにーー。

仕事帰り、まっすぐに家を目指す。金曜日の夜だからか街は人でいっぱいだ。これから飲み会や食事会などの人も多そう。その中をかき分けるようにひたすら進んでいく。慣れたものだ。スマートに切り抜けられるそれはもはや特技にしてしまおうか。ふふん、となんとなく上機嫌で家路についていたが、空腹を訴える独特な音に自然に足を止める。
「お腹すいた…スーパー寄ろう」
そこで私は方向転換した。それがよくなかった。

毎日見かけるけど初めて入るスーパーが近くなってきたその時、それは聴こえてきた。思わず足を止めて振り返る。そこには、電化製品が立ち並ぶお店の前に設置されている大きなテレビがあった。スクリーンに映し出されていたのはーー

「…!」

全体的に黒をモチーフにしたような4人組。どこか挑発的な表情をしている。LIVE映像に出る彼らだった。

「…ッ」

鮮烈なデビューをした彼らを目にしたのは初めてじゃない。今や他のアイドルたちを追いつけ追い越せとばかりの人気者だ。…ダメだ。このままここで見ていたらーー

「なんで動かないの、足…お腹すいてるんでしょ…動いてよッ」

地面に縫い付けられたかのように足が動かない。ここから早く動きたいのに。そうしないときっと聴こえてしまうーー

『…サンキュー!おまえらッまだこれからだぜ!!』

その声に、割れるような歓声が画面越しでも伝わってくる。…聴こえてしまった。私は無理やりにでも足を動かしてその場を立ち去った。

適当にチャンネルを回して特に目的もないテレビの内容をながら見する。ゴクゴクと強めの炭酸が喉を潤していく。
「…ぷはぁーッ!やっぱ金曜の夜はこれでしょ!!」
週末前の金曜日の夜。平日仕事の勤め人にとって、1週間がんばった!お疲れ様!!という至極のご褒美タイム。私はそれを思う存分浴びている。テーブルには好みのツマミに好きなメーカーのビール。これよ、これこれ!
「ふふんッ。思わずパックで買っちゃったもんね〜!たまにはいいでしょ〜!」
ご機嫌な私の目の前には6巻パックのビール。もうすでに2本空けてるけど。バラエティー番組に手を叩いて笑う。
「アッハハハ!なにそれウケる!!」
ミスター下岡、本当おもしろい。なんの気なしにかけたチャンネルでは司会者のミスター下岡がゲストたちとトークを繰り広げている。
『アハハッ!下岡さんが言ったんじゃないですかぁ〜!!』
その中でもオレンジ色の髪をした少し小柄な青年が目立っていた。あれ?どこかで見たことあるような…?
『ハハッそうだっけ?三月くんじゃなかったかぁ〜』
『違いますよ!もう忘れないでくださいよ〜』
満面の笑みで交わされるトーク。ミスター下岡が言ったその彼の名前でピンときた。
「…あ!IDOLiSH7か!いつも7人だから気づかなかった。ファンは違うと思うけど」
自虐的に呟いた言葉が、自分に刺さる。

ーー"ファン"。

脳裏に甦ってくる記憶。思わず胸を押さえる。…嫌だ。ダメ。思い出したくない…ッ

テレビからは変わらず楽しそうな音がしている。俯いた私からその世界は遠くなった。

『サンキュー!』

やだ、やめて。その声で言わないで。…同じ音色で言わないでッ。

『…サンキュー!おまえらッまだこれからだぜ!!』

違う、そうじゃない。違うでしょッ…

『…ッサンキュー!まだまだこれからだぜ!!』

…そう、でしょ。そうだったでしょ…なのに

「なん、で…終わっちゃったのよ…約束って、言ったじゃないーーねぇ、トウマ」

久しく言っていなかった名前…封印していた名前が口をついて出た。頬を一筋の涙が伝う。私はそれを強引に拭って一気に缶ビールを飲み干す。飲みきった缶をテーブルに叩きつけ、そのまま握るとへこむ音がした。おいしいのに、おいしくない。唇を噛んで次の缶を開け、ツマミを口に放る。こっちも味なんか分からなかった。やりきれない気持ちで一本のビールと少しのツマミを残してその日は眠りについた。

「はぁ〜…片付けるか」
翌日、お昼前に目を覚ました私は昨夜のそのままにしてあった空き缶やゴミを片付けていた。テレビだけ消して寝た自分を褒めよう。ある程度飲める体質のおかげか、次の日に響くということもないのでありがたい。それと、少しだけスッキリした気がした。片付け終えてひと息つこうかとしたところ、あるものが目に止まった。
「あれ、これ…」
先程昨夜の片付けをしている時に、普段は気にならないでいるところが目についたからだろう。それは音楽雑誌だった。なんとなく開く。
「…NO_MAD」
その言葉で思い出さないようにしていた記憶が一気に甦ってきた。

数年前、NO_MADはいた。ブラホワで期待の大型新人といわれたTRIGGERと競い、敗北。TRIGGERは確かに圧倒的だった。けど、NO_MADが…私の推しグループが負けるなんて思わなかった。ショックだったけど、これからも彼らを応援していこうと変わらずに思っていたところ、さらにショックなことが起きた。【NO_MAD 解散】の言葉を目にした瞬間、文字の如く膝から崩れ落ちた。信じられなくて悪い夢なら覚めてほしいと何度も思ったし、嘘だと思いたかった。けど…彼らは解散してしまった。私の最推しーー狗丸トウマもそれからテレビや雑誌から見なくなってしまったのだ。

「…あれから辛すぎて、NO_MADのCDやグッズとか全部しまいこんだもんなぁ。本当は思いきって捨てることも考えたけど…無理だった。…当然か。だって"ファン"だったから」

ーー大好きだったから。

初めて彼らをテレビで見た日、初めてCDを買った日、初めてチケットが当たって大喜びとど緊張でLIVEに行ってものすごく楽しかった日…全部、全部思い出す。視界が歪む。

「どんなになかったことにしても、消せないよ…大切な思い出だもの」

二度と開けないと思っていた雑誌を開く。パラパラと捲りながら、彼らの…トウマのインタビューを読み進める。やっぱり涙も流れた、けど。

「懐かしい…」

確かにNO_MADは解散した。NO_MADとしてのトウマはもういない。だけどーー

そこで思い立って、私は近くのコンビニへ走った。上手くいけば出会えるであろうそれに、まだ残っていてと願掛けしたものを買えた。残り少なかったから嬉しい!

帰宅して、息を呑んでから少し震える手で手に入れた雑誌を開く。音楽雑誌だ。テーブルには先程読んでいた数年前の同じものがある。今からその最新号を読み始める。ページを捲るたびにいつのまにか震えはおさまっていた。そして、目当てのページにたどり着いた。ーーŹOOĻだ。グループの紹介と一人一人のインタビュー記事に続いて全員でのトーク記事が載っている。私は、目当てのトウマのインタビューを読み始めた。正直、緊張したけどそんなものはすぐになくなった。だって、全然…変わってなかったからーー。読み進めていくうちに先程の涙とは別の感情が目尻に浮かぶ。嬉し涙だ。
「見た目も少し変わったし、テレビで見かける態度も変わったと思ってたけど…根本は変わってないね、トウマ」
4人のトーク内容も思ったよりほがらかで新鮮な気持ちになった。きっと、思ったより彼らは温かいのだろう。そんなグループにトウマがいることがなにより嬉しかった。
「もうトウマは一人で泣いていない…よかった…!」
なんとなく、画面越しからでもあの頃…NO_MADが解散する少し前、他のメンバーより誰よりもトウマが必死だったように見えていた。笑顔で、全力で、変わらずに歌っている中でなにかを訴えているようにも思えたのだ。それが解散しないために、メンバーを引き止めるためだったのかもしれない。そんなトウマの必死な叫びのようなものを感じていた。ーーそれが、今は新たな仲間と新しい場所にいる。そこでふっと笑いがこぼれる。
「なんだか親みたいな気持ち…年齢、そう変わらないのにね」
テーブルに読み終えた雑誌を閉じて並べる。二冊を見比べると、同じシリーズなだけにそっくりでいて左側の方は少し色褪せて見える。当たり前か。それだけ時間が経っているんだ。
「ーー私も、進もう」
うん、と両手で握り拳を作って立ち上がる。ーー明日からきっと、また忙しいから。

会場はすでに熱気で包まれている。この高揚感、懐かしい。帽子をかぶって大判タオルを肩にかけ、両手に数本のペンライトを持って準備万端な私の今日の格好は全部、ŹOOĻ・トウマのグッズだ!待ちに待ったこの日のために整えてきたのだった。自分の席で開始を今か今かとソワソワと待っている。

ああ、楽しみ…!ーーまさか、またこんな気持ちになれるなんて思わなかった。嬉しいよ…!

ついに、その時がきた。煙幕が立ち込めた後にうっすらと浮かび上がった彼らのシルエットに大歓声があがる。やがて姿を現した彼らのパフォーマンスが始まった。最高の一言しかない。

「…ッサンキュー!まだまだこれからだぜ!!」

…言っていいよ。ううん、ありがとう。言ってくれて。うん、そうだね!

「…サンキュー!おまえらッまだこれからだぜ!!」

…ッもちろん、分かってるよ!

「ハハハッ!ありがとう!これからも俺たちについてこいよな!!」

…!うん、うんッ!ついていく、一生ついていくよ!!!

「ーー今度こそ、約束だぜ!!」

…ッ!トウマッ大好き…!ずっと大好きだよ!

きっとこの光景は忘れない。一生の宝物。今度こそ、絶対に、そう!

最高の、最高すぎるLIVEは名残惜しい中、幕を閉じた…。

ーー金曜日の夜、決まってご褒美タイムの私もいる。そして、週末には大好きなアイドルを応援するのに忙しい私もいる。
「最高!ŹOOĻのLIVE初参戦記念日!!」
あの日残った一本のビールで乾杯しよう。ーー今日は一際おいしいはずだから!

END

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