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⑪北陸二部作1 埋もれ木のメタモルフォーゼ  CRYPTOMERIA JAPONICA

埋もれ木のメタモルフォーゼ CRYPTOMERIA JAPONICA
     0.
         
おう われら
二千年のあいだ
死を
死につづけてきた
(水のなかで骸となった)
         
         おう
           おう
         手をのばし ねじれ くねり 
               つながったまま
                截ちきられ
死を
死につづけてきた
         おう 
            おう 
               おう
はらからの樹たち
               
かつて
樹冠はるかに高く
始源の森はおい繫り
緑陰に苔をやどし
栗鼠やむささびが
こずえを伝い走り
かけすや渡りの鳥たちは
種子を運んで
 尾根を越えて森を育んだ

塩からい水のなかで
摂氏15度の
 流れる真水が
  根っこを   
   いだきつづけている
 
     Cryptomeria

            おう 
              おう
                おう
                 
             あふれる河に
               押し流され 
                  浸され
                    根だけが残った

固有種の森 Indogenous   
温存の稀有を
証し立てる
     高貴な客人の
       過去の おとずれが
モノクロの御影として納められている
写真のなかで いまの学芸主任は
少年のように若い

       
      1.

 地下の空気がひやりと頬をなでる
  巨魁の根と目の高さが並ぶ
   気乗り薄についてきた子どもたち
     階段を降りると
       水槽をとりかこむ通路は
        塀でとりかこまれて
       そのなかに円い窓が穿たれている
なかをのぞくと
蒼黒い水に
截ちきられた巨魁が
沈んでいる

真上には水面が鏡となって全容を映している
水槽の表面には
火山の噴火口が

面妖な さかさの火山が
   ひっくり返ったまま
火口のなかを映しこんでいる   

たしかにあれが 大噴火口
 崩落した沢と谷
  黒ボク土の牛食む草地
長い裾野と単独峰の比類なき尾根

    2

冨士だ
  醜く痩せ衰えた
    老残の冨士だ
思った刹那

こわーい
こどもの声がする
おびえと違和感で
単調に引き延ばされた語尾が
くすんだダークグレーの色あいで
ふたつ
水槽のガラスをさっと ひとはけしてすべってゆく
 
少年と少女のよく似た声が
ひびきやがて遠のいていく
わたしの係累
足おともやがて遠くなる
わたしはふり返らない
        
 巨大な水槽のなかの
   古代の骸の水葬
      特殊な人工的環境は
       子どもの領分ではない
          
子どもたちは
踵をかえして
 階段をのぼる
  足音も高く地上へ
   立ち去ったから
    わたしはつかのまひとりになる
             数十秒に一度
               水底から
    ちいさなあぶくがのぼってくる
            こわーい
   うえからまた子どもの声が聞こえたようだ
       
 谺なのか

                  いや
                 もういない
               出ていったはずだ
            頭のなかはまだ騒がしい
             
     3
            
くらい半地下で
  水槽のモーターが低く唸っている
  
        みているうちに
         次元が転換して
           水槽のみなもの鏡像は
            ひらべったくなり
       エックスの形になって
     それから左右が反転する
    果ては 上下もさかさに
     ひっくり返っている

長い裳裾がトレーンを引いている
主根が浮きだし
痩せ尾根が
さかさまに
水鏡に映りだす
見えているものは
 老獪な魔物の風化したむくろ 
  あるいはアダムのあばら骨
   あの土からできた
                        リリトはどこにいるのか
 野性の声が
  風を鳴らしてすさび
   わたしにむかって咽びはじめる
          
     4 

土のなか
土の圧力にさからい
下へ
したへ
  もっとしたのほうへ
限りない緩慢なドリルがまわる

挿しこみまわる
  螺旋のドリル
  
 五百年で二回転半
   いやはや
    超絶低速回転機
 土のなかで
養分の鉱脈を掘りあて
坑道をほりすすむ鉱夫
蚯蚓と同じくらい
       盲いた鉱夫
        だが蚯蚓よりのろく
   ねじれた複雑な道すじをたどる
繊毛やひげ根で柔らかいところをさぐる
   
  5

押しこめ深く
  先を伸ばして
       根が奥底深くもぐりこみ
         土からの糧をすいあげる
なかんずく水と窒素を
それからマンガン 鉄とカリ
地上への年貢を
 命ある限りおさめつづける

青空を満喫してそよぐ
梢や葉や実に
めくらめっぽうの貢物
躍起になって吸いあげる
蝶の口吻のようなひげ根で
土を相手に力技
はりめぐらすほどに
         見事な森が生い茂る
             根は 感知しない
           それですべてわきまえている

幹は雪に耐え
 枝は重力に拮抗して
先へ先へと細胞をつむいでゆく
選ばれたものとして樹冠に君臨する
あおあおとした頭頂芽の芳香も
知らない地下生活者

芽は上をめざす
上へ うえへと
夏の山からふき下ろす
熱風にまっすぐに伸びていく
     風はときとして
       嵐と川の氾濫をも運んでくる
 誰が知るだろう
 
まっすぐに  上へ うえへと
            あの嵐がくるまで
 
     6

    青い水のなかの
偉大な難破船                 
   傷あってなお威厳を保つ
        融通無碍の老残兵

 いかめしくも
  あぐらをかくその姿は
   グロテスクむしろバロック

真珠は辛酸の中で輝きを増し
痛みに歪曲して等級をあげる
根の一族は
  骨となり 土のない解体を
水のなかの風化を
 永遠のピリオドを 穿ち続けて保護される

  二千年の忍従              
    その嵩高な
     押しひしがれた姿を
       正しく子どもは惧れた
                
からみ合いねじれ
腕をのばし抱きあい
近しいものたちのやりかたで
    身を寄せたまま こときれた
        嘆きの音調が聞こえる


ルスティッチの 嘆く人々だ
戦の犠牲者たち
   土のねじくれた群像
     
    棚の上におさまるほどの
       その作品を        
私はヴェロッキオの作とともに見た
フィレンツェの祝福された光の射す
   白い美術館の室内

            
     折り重なり
     塊りとなった戦の犠牲者の
群像のマッス
瀕死のひと
叫びをあげる人々

その嘆きの声
 途轍もなく大きな叫び
      
サン・ジョヴァンニの礼拝堂だ
 扉のブロンズその地獄門
   ギルランダイオの群像の浮彫りに
    歯の軋むような
       金属の苦味を
        あの色に見る
         人の手にふれられ
    てかてかと光るまでに
      すりきれた 天使の頭部に

ラオコーンだ
 大蛇にからまれ渾身の力をもってしても
    あきらかに敗北すると知った
      驚愕と恐怖
     苦悩が勇壮なマチズモを表している

埋もれ木の森が
 海のなかで水に晒されていた永い白紙の時代
蟻の行列のような
おびただしい事象の積み重ねに
歴史は彫琢され
そのつどの美に陰翳を与えた
           
     7

     Cryptomeria
      水のなかの荘重な鎮魂歌を聴け
    人間的な努力をしているこの非生命体を
   人間的なあまり
芸術家の努力によって
築かれたようにすら見えるオブジェ
激しい踊りのさなかで 眠ってしまった
ダンサーたちの群舞
 截ちきられてはじまったとわの眠り

   (二千年という時を
    われら 
    死に続けてきた
    あのとき
    そのままに
    うずくまる
    水のなか)
            
         (おう  おう  おう)
             声ない叫び
              ぞわぞわと
    根はむすび合わさったまま
    地中にあった姿態をそのままに
    水に眠る
         
        
        8

 頑是ない ときよ
  とめようもないむずかる
   あるいはたんなる
    気象のいたずらか            神さまってやつは
きまぐれに生み出す

ときに 焼け焦げた木のあとを
熔岩で鋳造するかと思えば
植物相の骨格標本をこしらえ
生きたままの示相化石を残すのだ
           
この転換によって
回転する地軸と 日の巡りは
 埋もれ木に
永劫に刻まれる

わたしの魂は
すでに水のなかにある
   水の底へと潜ってゆき
     親しげに声をかける
         
      いや
      それにはおよばない
      山のきわから流れだして
      海へとたどりついた
      雪のはての青い水が
    この森をなぎ倒した 
あらあらしいあの水が    
いまは清らに根をとりまき
ひたむきな 歓喜をこめて愛撫し
気の遠くなるようなときのなかで 
惜しみなく水こえを聞かせ
抱きしめているらしい
        

       9

ここ 館内で一番涼しいんですよ

    突然声がして
サーモンピンクに近いオレンジ色の
ポロシャツの女が現れる
私は虚をつかれて息をのむ

 水槽が結露しますからね
    視界をぬぬと正面から
    さえぎって立ちはだかり
    わたしに笑いかけると
係員の女は布を手に分厚いガラスを
     規則的な反復動作で拭いはじめる
        
硝子はひどく大きい
係員はいっぱいに腕を伸ばして硝子を拭う
おおきくまるい軌跡を描いてそこが
なかの光景を透かしてゆくのも
おそろしい
だがガラスはみるみる結露しはじめるのだ
そして彼女は
どこからぬぐっていいかもわからないほど
大きなガラスの
一点私の見ているところを
せっせとぬぐっている
わたしの視界はすっかり
サーモンピンクに近い
オレンジ色の背中だけになる

彼女がかりに一日じゅうここにいて
拭いつづけても
硝子は水族館みたいなきれいな視界にならない
 
 そこで彼女の腕は
  よく働く不毛なワイパーとなる
   それは雨のなかに立ちつくして
タオルで顔をぬぐっている人を見るように
 見ているわたしに
 倦怠をもよおさせる
だが彼女はゆるぎなく
ガラスを拭くことに専念する

      10

樹根よ おまへは知っているか
二千年というときのなかの
ごく最近のわずかのうちに
にんげんのしたこと
抜きさることのできない色に  
濁りきった海を
土着の親切心にあふれた
逞しい女の腕で
海の濁りも拭い去れないものか
         
 教へよ
cryptomeria
おまへが巨木で森だったときの

海のいろ
 空の色とを

陰獣のような
孤独なかたまりよ
陰鬱なヴルカヌスよ
 それでも歌っているのか
  鎮魂の歌を

         11

絶海の孤島のように
  切り立つ存在が
    水面に鏡像をむすぶ

      抱きあいつながったまま
        肢と手をのばした樹根
          私は見ているのみだ
    五官という牢屋のなかに閉じこめられた
      わたしがつかのま生きて
     命のない樹根が二千年永らえる不思議を
              
ちぎれたオブジェよ
嘲笑いたまえ
離脱できない記憶の系譜を

      Cryptomeria
       そしていらえよ
        海の色は
         何いろだったか

         (おう
           おう
            おう
              おう)
              その色は

       たしかにわれら
          知っている
        (藍     
         あい
          愛
           アイ)
 
           (アイ  という名の
            青だったとも)

      ちいさなあぶくが
      答えるように   のぼってくる
       
       
       12

     
ホールではあの係員が
りちぎに子どもたちは
先に出たと告げる

          エントランスからも
         子どもたちの声が聞こえてくる
           造成された池に見事な鯉が
            いちように口をあけて
              池を揺らすほどに
         犇めきあっている
    なかには鯉の餌が売られていた
 ひとが来れば餌をねだる鯉がみな大きく頭数も多い
子どもはそのどれかれなくそっとゆびで
触れては声をあげ やがて飽きて
早くいこうと催促をはじめる
    そのむこうに青い海が見える
      
            鯉を見ればいかにも
             いきいきとしている
              だがこどもといい
                 鯉といい
    うつろいはかなくなる必定に
       刹那の感傷が生まれる

              水槽のなかの
              静かなかたまりが
              残像となってよぎる
             
感傷からはとうに免罪符を得て
永らえるあの樹根は
またひとつ
小さなあぶくを
吐いているはずだ

   12

そのとき匕首のように胸もとを刺されている

        (おう
            おう
                 おう)

             (おまえ
              おまえ
            おまえ
           いつまで いつまで)
     
          (いつまで
            生きるのか)
            埋もれ木が問いかける
  その沈黙の刃はこの地上から無辺際へ
    むかって
     のぼる月となり
      一つ目の巨人のように見おろしている

          機械的な反復の
           谺がかえってゆく
 
          いつまで 
       じぶんは生きるのか

いつまで
        いつまで
         生きたらよいのか

         このまま
          水槽の流れる水にはいり
            ねっこに溶けいって
     螺旋をえがく骨の一族となればどうか
             
からみあったまま
         水に洗われて
            また 数千年
            痛みも 憂さも
           記憶もなくして
     ちぎれた導管や仮道管なんぞになって
            声もなく
          ときをとめて

            毀誉褒貶の
            人の世 はなれて
             苦渋の来し方と
        ちっぽけな歓喜に憐憫をたれ
        無常の縁にむせび泣きながら
     通り雨のような快楽を遠くに見て
      後朝の苦さに微苦笑をなげかけ
螺旋のさだめをともにするのは

         13         
        
ここに立ちわたしは
  じぶんのなかの
    海が波立つのを聞く
       かげりゆく二千年のわたし
   二千年前
氾濫にのみこまれた森の残兵が
  永遠のピリオドから立ちあがり
   その鏡像は天空を翔ける大蛇になる
 土から作られたリリトの
あとから来たあのおんな

アダムの骨から作られたおんなに
知恵を授けると
ただちにここへやってきて
 わたしの のどもとに巻きついて
       ゆるり  ゆるりと
            しめあげてくる
                           

 だれも逃げることのできぬ           
        死の探究という
         搦め手で
    蛇はわたしを研究し発掘し続けている

 この世のすべてのものに仕掛けられた
  スローな時限爆弾
さらさらした極上の肌合いに
    うっとりとなるうち
      螺旋に巻きつけられ

           ゆるり 
             ゆるりと

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