見出し画像

友達何人できるかな(第14期VRC学園の記録・入学式編)

ぷかぷかと浮かぶ雲の隙間から陽光が幾筋もの線となって大地に降り注いでいる。道を挟んだ両脇には、木々の枝が隠れる程に満開の桜が恭しく列をなしていた。2月上旬に期限を迎える大学の期末課題を提出して一息ついたのが21時半であったから、恐らく今は22時に差し掛かる頃だろう。陽が差し込む深夜に咲く2月の桜を見上げる異常な状況に微塵として違和感を抱かなかったのは、もはや深澤の自意識がVR空間を1つの現実として受け入れている事実を意味していた。

徐に取り出した鏡で自分の姿を確認する。ベレー帽にメガネをかけたネコ耳の少女がそこにいた。およそ1ヶ月前であれば、これが君の姿だ、と言われたら鼻で笑い深澤の将来を憂いただろう。1年前も同じだ。深澤を取り巻く世界が現実味の無い虚構のように思える瞬間は人生の内に幾度か存在していたけれど、その反面、そうでは無いことはよく理解していた。そもそも、相反する考えを同時に抱きながらその双方に納得していても何の不都合は無いとさえ考えている。ただ、美少女深澤という虚構が現実味を帯びたこの瞬間、校舎へと向かう道のりは深澤にとって確かに存在していた。要するに、これほどまでにVRの世界は広大なのかと、ちっとも予想していなかったのだ。どういう風の吹き回しだろうか、深澤は今、私立VRC学園の第14期生として入学式に臨んでいる。

New userの頃から一筋で使い続けている「ろうちゃん」というアバター。かわいいね!

ごく簡単に自己紹介をしておくと、深澤は2023年の12月26日にVRChatを始めた初心者である。初期に知り合ったフレンドの方々に恵まれて、17日程度でランクがknown userに上がり現在に至る。特筆したコミュ力などの持ち主では無く、むしろ本ばかり読んでいるので、世の中の流行にめっぽう疎い。あとはちょっとピアノも弾けるかな、などとメタ的な要素を文章に書き起こしていると、深澤の目の前を数人が通り過ぎ、校舎へ向かって走っていった。

どうやら入学式は各教室で行われるとの事で、深澤が校門の桜の前でうつつにも夢にも違わぬ実存に意識を向けている合間に、既に皆は移動してしまったらしい。やや急ぎ足に教室へ向かうと、ケモ耳や学生服、どこかPublicで既視感を得た愛嬌のあるアバター達が落ち着きの無さそうに着席していた。声としての雑音は一切聞こえず、むしろ皆がソワソワしているので動きとしての騒音が目立つ。着席後の深澤もなんとはなしに周囲を一瞥するも、ふと目と目が合う瞬間に特有の気まずさに堪え兼ねて、早々に視線を誰もいない教卓へ移してしまった。

諸々の注意事項について説明を受けたのち、担任や講師の方々からお祝いの言葉を頂く。深澤にはこの一連の光景が、かつて中学や高校で経験した同じようなそれと重なって見えた。或いは、過去が現在に対して影のように付いて来ているのかもしれない。いずれにしても、過去を過去そのものとして受け取る事は出来ず、現在の為に過去があるような錯覚に陥る。中学や高校のような過去らしい過去も、過去そのものを体感する事も想起する事ももはや出来ないと思っていた深澤にとっての物悲しさを吹き飛ばすような鮮やかな時間だった。

自己紹介のフェーズに移るが早いか、ソワソワとした空気が教室を再び包んだその瞬間を深澤はよく記憶している。名前や趣味とかを軽く述べて挨拶してはい終わりで良いだろう、何も難しい事はない、と主張する人がいる。深澤はそのように普通の事を即興でこなせるほど器用な人間では無いから、しばしばそのような人たちに対して羨望の目線を向ける事があった。カンペを用意すべきだっただろうか、いや用意しても視界が遮られて上手く読めないだろうなと若干の後悔に尾を引かれていると、わりかし早く深澤の順番が回って来た。名前とVRC歴、軽く趣味などありきたりな事を述べる。緊張していたので全体的に早口になってしまった可能性があるが、想定よりも卒なく終えた瞬間には気が抜けてどうでも良くなっていた。思うに他の皆も同じ状況だったと思う。(余談:14-2の皆さま、僕だけ動画が再生されず式典の進行に遅れを取らせてしまい申し訳なかった、ゆるして。)


写真を撮るのがどうも下手くそで、同級生が最も多く写っている写真が後ろ姿ばかりのこれしか無い。同級生が撮った写真を掲載許可を頂いて載せたいほどである。

式典を終えた放課後。きれぎれに分散して、深澤は屋上へ向かった。解放された屋上という場所は人によってはいずれの特別な想いがあるのだろう、そこには多くの人が集まっていた。話題が終始一貫して続くことは無かったと記憶している。思い思いの事をそれぞれが話して時に驚き時に笑い、時にはずっと踊っている人もいた、カッコ良かったです。


実はお絵描きの全体を写した写真を撮ったのだが、間違えて消してしまった。PC音痴なので復元方法がわからない。文系とはいえ本当に僕は大学生だろうか?

一人が空に絵を描き始めたのを皮切りに、皆もそれに続いた。実に屋上の3分の1をカラフルでコミカルなキャラクターで埋め尽くすまでに至ったのだが、やはり言葉よりも絵こそが世界共通のコミュニケーションであるようだ。深澤こそ絵を日常的に描くことは無かったが、とりあえず簡単に描けそうな笑い男を描いてみた。画像最左にある謎の生物は、作者曰くミッキーマウスであるらしい。多分この時間がこの日一番盛り上がっていた。


VRC学園14-2 中央に深澤がいる。みんなよろしくね。

期待よりも緊張に怯えて始まった入学式。始まりがあれば終わりもあるように、いつかこの生活も終わりを告げる日が来るだろう。その時までに少なくとも後悔で終わらないよう、深澤は深澤の方法で可能性の世界を覗き続ける。そして、見出した可能性や経験の記録を日記という体裁を取って文字として出力していく所存である。それが後の志望者であったり、記録としての有用な産物であったりと、あらゆる形で人の目に届くことが出来れば、それほど僕にとって嬉しいことは無いだろう。

おまけ:タイトルの元ネタ

たかが人類滅亡するくらい、なんてことないよな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?