柔術が上手くなるために一番動かすべき関節(柔術家の為のコンディショニングノート⑤)
ブラジリアン柔術をやっていると、柔らかい動きができる選手を見て、柔らかい股関節に憧れる人も少なくないだろう。
確かに柔らかい股関節は柔術家にとってのアドバンテージである。
しかし、本巻のテーマは股関節の柔らかさではない。長年柔術を練習してきた私自身、股関節の柔らかさの重要性は十分に理解している。だが、実は股関節と同じくらい、そして恐らくそれ以上に重要な関節がある。それは・・・
『胸椎』
である。※
胸椎は私たちの身体の中央部に位置し、上半身の動きを大きく制御している。股関節の柔らかさが文字通りガードの幅を広げる一方で、胸椎のモビリティは全身の動きと力の伝達を支え、より多くの技術的選択肢とパフォーマンスを柔術家に提供する。
本巻では、胸椎のモビリティが柔術のパフォーマンスにどのように影響するのか、そして競技力を向上させ、怪我のリスクを減らすためにどのようなエクササイズを取り入れるべきかについて、詳しく説明していく。
※胸椎は骨なので正確には胸椎と連なる関節
1.ガードワークと胸椎の関係
「胸椎?なにそれ?」
という人もいるだろうが、詳細は後述するとして、いまは胸や肋があるラインの背骨と理解していただければ良い。まずは、柔術のパフォーマンスと胸椎の関係について説明しよう。
ガードの形態は多岐にわたり、それぞれに名前がついている。
この区分だと、普段の練習では各ガードの技術にフォーカスされてしまうが、名称に拘らなければ、
『相手に足(脚)が絡んでいない or 絡んでいる』
という単純な分け方もできる。
相手に足(脚)が絡まないガード
ここはフリーハンドのオープンガードや、インバーティドポジションがわかりやすい。※1
仮にオープンガードに対して、相手がトレアナパスやレッグドラッグパスを使い左右どちらかに回ってきたら、基本的なガードリテンションとして、相手に正対するように戻す。
この際、股関節がものすごく柔軟な人なら足回しだけで対応できるかもしれないが、一般推奨は腰の向きを変えた後に足を回すことである。これならば、極端に優れた股関節の柔らかさは必要ない。
よくあるミスとしては、腰の向きを変えようとして地面でエビをすることである。この方法では、開いた脇腹を埋められてパスを完了させてしまう。
なので、通常は上背部とお尻が床から浮く状態で、床との接地面積を小さくすることでスムーズに腰を動かせる姿勢で構える。
腕のフレームで相手を止めて足を回すわけだが、お尻を浮かした状態で腰の向きを相手のいる方向に変えるには脊椎の回旋が真っ先に必要(横エビ)になる。ここで主に回るのは胸椎であり、股関節が動く(足を回す)のはその後だ。※2
つまり、胸椎の動きが悪い人は、このガードリテンションが上手くできない。だからエビで対応してしまうのかもしれない。
よって相手に脚が絡まないガードが下手な人は
胸椎を含む背骨の動きが硬い人
背骨が硬い、お腹が出てる、腹筋が弱いなどの理由で脚が上がらない人
が当てはまる。
相手に脚が絡むガード
「足回しが苦手だとか、そもそも脚が上がらないとか、身体が硬いと感じる人でも大丈夫!」
そういう人でも使える技があるのがブラジリアン柔術の良いところだ。例えば、クローズドガードやハーフガードなら足が回らなくてもできる。
(?????)
本当に?
確かにオープンガード形態(スパイダー、デラヒーバなども含む)に比べて、クローズドガードやハーフガードでは脚を大きく動かす必要がない。よって半分はYes
しかし、半分はNoだ。
理由は、脚が相手に絡んだ状態だと、背骨の動きの重要性が増すからだ。股関節の動きは減るが、背骨(特に胸椎)の動きが悪い人はクローズドガードやハーフガードこそ上手く使えない。最悪は怪我する。
プレイヤーどうしの身体が密着するほど、関節の動きは制限される。
クローズドガードやハーフガードで足(脚)を組んでる間は、当たり前だが足は回せない。50/50ガードで膝関節の動きが制限されなければ、モダン柔術はもっと面白い競技になっていたはずである。現実は膝を怪我した人が多いだろう。
技術的な視点では、適切なタイミングで自ら脚の拘束を解除し、攻めに転じるというのが大事であるが、そこまでの攻防は上半身の組手にフォーカスされる。
下半身の動きが制限されてるならどこで動きを出すのか?もちろん背骨である。
脇を差す、そして怪我をする
本巻だけで全ての技は考察できないが、簡単な例を出そう。
ハーフガードから脇を差す(アンダーフック)というのはポピュラーな展開である。
私は潜った後にニーツイストを狙うローアンダーフックが好みだが、ハイアンダーフックでドッグファイトに持ち込むのが好きなハーフガーダもいるだろう。
これはどちらでも構わない。脇を差せば脚の絡みに加えて、腕の絡みができる。つまり相手とより密着することで、関節の動きは制限される。
理想はサクッとバックテイクやスイープが完了することだが、現実的には相手の抵抗により、密着したまま多少の攻防が展開される。
脚や腕の拘束をゆるめれば逃げられてしまうので、間にある背骨の柔らかさが両者ともに重要となる。屈曲、伸展、側屈、回旋と全ての動きが大事だが、この攻防では胸椎の回旋が欲しい。
胸椎の可動性にバッファーがあると密着の中でも動きを出せるが、胸椎周りが硬い人は他の関節に負担がかかる。主には胸椎より上の肩関節と下の腰椎である。
ハーフガードはオープンガード形態に比べ腰椎の屈曲伸展が少なくなるので、腰には優しいガードである。しかし、胸椎の動きが悪い(主に回旋)と腰椎が代償動作で動きすぎて痛める。腰痛持ちのハーフガーダーは胸椎の動きを確認したい。
ハーフガードによる怪我で多いのは肩や首といった胸椎より上位の部位である。これは攻防が上に集中するからでもある。首に関しては相手のプレッシャー、潜りの失敗、ディープハーフガードの理解不足によるところが多いが、肩に関しては、体の硬さからくる自滅だったりする。
マスター世代の柔術家であれば、肩関節も硬くなり腕が上がり難くなってる人も少なくないだろうが、肩よりも先に土台となる胸椎の動きをチェックしてほしい。試合中、練習中は痛みを感じなくても、次の日
(あれ?肩痛いな・・・何かやったけな?)
なんて人も要注意である。
脇差しはあくまでも一例であり、ハーフガードの攻防のあらゆる局面に背骨の柔らかさが求められる。
クローズドガードで上手く攻めるコツ
腕十字や三角絞めを潰されることによる首や腰の怪我はあるが、相手が自分の脚の内側にいるクローズドガードでは、背骨の動きが悪いからといって即怪我に繋がるようなことは少ない。
しかし、困るのは攻め手が少ないことである。
クローズドガーダーは2種類
攻めれるクローズドガーダー
攻めれないクローズドガーダー
だけであり、背骨の動きが硬いとあまり攻めれない。こちらも一例を紹介する。
ヒップバンプスイープ(a.k.aヒップスロー)は白帯の頃に教わるクローズドガードの基本的な技である。
この技でよくあるミスは、相手の真正面で起きがってしまうことで、簡単に止められてしまうことだ。優秀なトッププレイヤーは両膝でガーダーのお尻を挟むことで左右の動きを封じてくる。よってガーダーはシザームーブ(または腰を踏んでエビ)でお尻を外に逃して相手の正面からズレる。そこから
「ドンっ!!」
っと跳刀地背拳ばりに跳ねる・・・実際は、足で地面を踏むと同時に後方に手を着くことで体を浮かす。そこから相手の腕を絡めとることで、スイープやキムラロック、その他の技を展開していく。
ヒップバンプ時の股関節の伸展力も大事だが、脊椎の回旋が大事になるのが、
床に手を着く
腕を絡んでスイープする
このタイミングである。
胸椎の回旋が不足してる人は、体を強く支える位置に手をつけないので、ヒップバンプが弱くなる。またスイープのタイミングでは上半身固定で下部胸椎の回旋で体を回す能力が必要となる。
この二つは同じ胸椎の回旋でも上下異なる部位の動きとなる(後述)
その他、腕十字、クロスグリップや2on1で相手の横にずれたり、立ってきた相手に対してマッスルスイープ(a.k.aランバージャックスイープ)を狙う展開にも脊椎の回旋がある。もちろんハーフガード同様、これらは一例であり、クローズドガードの技術幅における脊椎の可動性の影響は大きい。
私自身、白帯から黒帯まで一貫してクローズドガードを使ってきたが、白帯や青帯の頃には胸椎の動きなんて考えもしなかった。紫帯以後、胸椎のモビリティドリルの実行により、明らかにクローズドガードの技術幅が広がっている。
ここまで見てきたように、ガードにおいては脚の絡みに関係なく、背骨の柔らかさが明らかに重要である。トップゲームや立技の展開でも脊椎の動きが含まれるが、本巻では一番影響が大きいガードゲームで話を進めただけである。
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