見出し画像

簡単にパスされてしまう人が知るべきこと(柔術家の為のコンディショニングノート⑥)

ブラジリアン柔術の攻防の大半は、ガードとパスのせめぎ合いであり、競技の醍醐味でもある。

初心者のうちは、相手にあっさりパスされてしまうことに悩むだろうが、レベルが上がってもあっさりパスされるなんてことは普通におこる。

なぜなら、

パスされる構造は初心者でも上級者でも変わらない』

からだ。

本巻では、主にガード目線で

  • パスされる理屈

  • ガード巧者の身体的特徴

  • 上達する為の運動

などを、技術と解剖学の視点で解説していく。

これらの内容を知れば、間違いなくガード能力の向上に繋がる。それでも、強者にパスされることはあるだろうが、理屈すら知らなければ、効果的な練習はできない。

もちろんパサー目線でガード巧者をパスする為の知識として利用してもらっても構わない。


パスされてしまうときの構造

サイドポジションやノースサウスで抑えられたり、一気にマウントを取られるとパスになる。競技会や審判の判断により微々たる違いはあるかも知れないが、柔術やグラップリングでガードパス(a.k.aパス、パスガード)といえば、

『脚(ガード)を通過されて、上体を抑えられる』

ことを指す。

これはルール上の話であるので、少し技術的に解剖していく。

サイドコントロールやノースサウス、マウントポジションに共通するのは、自分の胸と腿の間を相手の体で埋められてしまうことである。

例外として、ノースサウスチョークのように首側に体がズレることがあるが、大半のパスは胸と腿の間を制されると起こる。

ニー(ス)トゥチェスト(Knees to Chest)はガードにおいて重要な技術の一つであり、あらゆる先生が指導しているし、私も度々取りあげてきた。要は膝と胸を近づけることで、胸と腿の間にパスの隙を与えないのである。

初心者がパスられる80%はコレ

仮にフリーハンドになった場合、膝と胸が離れてるほどパサーはガーダーの脚(足)を触りやすいが、ガーダーはパサーの脚(足)を触りにくい。膝と胸が近ければ、これが逆転するので、1cmの違いが攻防を大きく左右する。

ガードをプレイしている時、Knees to Chestを意識するものだが、パサーのあらゆるプレッシャー下において、完璧にこなすのは難しい。スピードのある相手に一気に抜かれることもあれば、ボディロックやニーカットのように、段階的にブレイクされることもある。

腰を固定するHip pinや脚を固定するLeg pinはパスのコツであるが、本質的にはKnees to Chestを崩すのが大事であり、これらの技術はその布石となる。

(パサー目線)


潜在的なパスのリスク

又、ガードゲーム全体を通してKnees to Chestをキープしているわけではない。少なくとも

  1. 相手が自分のガードの制御下にある

  2. スタックパスやトップベリンボロで下を狙われる

  3. 自分が攻める時

これらのシチュエーションでは、胸と腿の間に大きな隙ができることがあり、パスされる潜在的なリスクとなる。

私が白帯の頃、先生に言われたのが・・・

「極端な話、めっちゃ丸まって隙間を無くせばパスはされへんよ」

こういうこと?

というものがあるが、これではこっちも攻めれないし、試合では注意もされるだろう。柔術には攻めなくてもいい局面はあるが、どこかで攻めないと勝てない競技である。

そして、攻める時というのはKnees to Chestを崩さなくてはいけないことが大半なので、それ即ちカウンターでパスされるリスクもある。

リバースデラヒーバからの内回り

ベリンボロやインサイドロールは体を丸めたまま攻めることができるので、パスに対しては優れたオプションであるが、これらにはバックテイクのリスクがある。目には目を歯には歯をバックにはバックをと柔術の技は本当によくできている。

つまり、相手のパスプレッシャーに対してKnees to Chestをキープしつつ、攻めるタイミングはある程度リスクをとって攻めなければならないのである。

意識高い系柔術家風に言えば、「Knees to Chestのマネジメント」が、パスを防ぎつつ攻める為に必須と言える。


身体的にガードに向いてる人

恐らく、柔術やグラップリングをやったことがある人ならば、

股関節が柔らかい = ガードが上手い(強い)

とか、

脚が長い = ガードが上手い(強い)

というイメージがあるのではないだろうか?

一般的に格闘技といえば、細い人と太い人では、太い人の方が向いてそうなイメージがあったりするが、柔術は違う。細長い人がガードから攻めれる競技であり、股関節が柔らかく、脚が長い人のガードを突破するのは至難の技だ。

経験的には、このように感じる人も少なくないと思う。しかし、解像度を上げると少し違うことが見えてくる。

脚の長さ

脚の長さは2パートに分けることができる。

  1. 大腿骨

  2. 足部と脛

である。

Knees to Chestを考えた場合、胴体の長さと大腿骨の長さの関係において、大腿骨が長い人ほどパスされにくくなる。

足部は置いといて、脛は短い方が良い。理由は脚をコントロール(戻す)するのが簡単だからである。※

残念ながら、これを知ったところで、努力ではどうにもできない部分であるが、知っておいて損はしない。

今の若い人たちは知らないかも知れないが、私が学生の頃は座高測定なる無意味な短足発見器があったものだ(結局、測る意味が無いので廃止されたらしい・・・)

三角絞めやクローズドガード、スパイダーガードなど、相手をコントロールしてる状況においては、全体的に長い脚が有利である。しかし、長い脚は捌かれた後のリカバリーおいて不利になる。

大腿骨が長くて脛が短い場合、Knees to Chestは強く、足は戻しやすい。全体的に短い脚ならば、脚は捌かれやすいかも知れないが、ニーシールドも足先も容易に戻すことができる。

といった具合で、努力で骨は変えれないので、自分の骨格と相手の骨格の相対的な関係を理解して戦うのが重要である。

※長い脛はニーカットパスを防ぐには有利である。


脚の太さ(重さ)

ガードだけを考えるなら、一部のハーフガードを除いて筋肉または脂肪による分厚い脚は必要ない。

疲れて脚が上がらないマッチョ

太い脚はKnees to Chestの隙間を広げてしまうし、太い(同時に重い)脚はコントロールするのも大変である。

軽量級の細い脚でも、骨(フレーム)が入れば、例え相手が重量級であってもそうそう簡単に負けたりしない。

道衣を介して相手をコントロールできているという状況なら、脚は長く太い(≒強い)ほどパスも難しくなるので、構造が少し変わる。


股関節の可動性

Knees to Chestだけを考えると、股関節は柔らかい方がいい。大腿骨が長くても、脚が上がらないなら無用の長物である。

股関節の屈曲

一般的には股関節の構造上(腸骨と大腿骨の関係)、脚をまっすぐ屈曲すると股関節が詰まってしまうので、やや外転、外旋しながら屈曲する人が大半であるが、先天的な問題(関節の形)で、股関節の外転や外旋が難しい人もいて、Knees to Chestも難しくなる。

柔らかい股関節は有利なのは確かだが、柔らかいだけで筋力が弱いとLeg pinされやすくなり、結果的にKnees to Chestを崩してしまう。

筋力発揮にはある程度硬い(スティフネス)方が有利な場合もあり、必要以上の柔らかさや、関節弛緩性による柔らかさがガードに有利になるとは言い切れない。


胴の太さ

脚の解剖は終わったので、もう一つ大事な要素をつけ足したい。

胴回りの太さと背骨の柔軟性

である。

マッチョの過度な腹筋も邪魔である(再掲)

筋肉だろうが、脂肪だろうが、太い胴体はKnees to Chestを困難にする。お腹が出てるとつっかえて脚が上がらない。※

つまり、胴体が太い人はオープンガード形態が難しくなるだろうが、ダイエットするかボディメイクするか、ハーフガードを選択するかはその人の自由である。

私が柔術を始めた頃は、ぽっちゃり体型でも、お腹を利用したディープハーフガードを使う選手が多くいたものだが、昨今では、重量級でも引き締まった選手が増えて、あまり見かけなくなったと思う。

背骨の柔軟性については後述するとして、ここまでの構造的なものを見ると、重量級よりも軽量級の方がガード巧者は多いはずである。

シッティングとスクワットが同じマイキー

一例として、マイキー・ムスメシは身長に対して脚はそこまで長くないかも知れないが、胴や脛に対して大腿骨は長い。加えて、脚、腹の厚みもなく、股関節も柔軟(おそらく弛緩性)なため、腰幅スタンスのスクワットポジションでお尻が床に着けるぐらいである。

マイキーは試合においても、スクワットポジションを使っているが、ラクラン・ジャイルズの動画中でKnees to Chestのまま、お尻を床に着けて座っている(興味があれば探して欲しい)

構造的に不利になる重量級では、エドワード・テレスシャンジ・ヒベイロがタートルポジションを使うことでKnees to Chestのままパスを防ぐ最高峰だと思うが、IBJJFには好まれてないのと、動きの速い軽量級で同じことするとバックをとられやすいことは念頭に置く必要がある。

※胴まわりに影響する大事な要素として、胃腸のコンディションもあるが、脱線しすぎるので、別稿にゆずる。

オープンガードとハーフガード

ここまでの内容だと、オープンガード形態の特にフリーハンドのみの話に聞こえるかも知れないが、Knees to Chestはクローズドガードとディープハーフガード以外には必要不可欠である。

例えば、ハーフガードは

  1. ニーシールド

  2. 4の字

  3. ディープハーフ

みたいに距離によって分けられるが、1と2に関しては自分の脇腹を守りつつ攻めなくてはならない。

3秒後にパスされるニーシールドハーフガード

下側の脇腹にニーカットの膝が入ってきても困るし、上側の脇腹をアンダーフックやクロスボディで埋められても困る。ボディロックなんて王手みたいなものだ。

ニーリングに対して、4の字を組んでる方が、リスクを取ったスタイルかも知れない。

「俺も差せるし、お前も差せる」

ここは組み手の知識とフィジカルのせめぎあいであり、ハーフガーダーには汗臭いロマンがあるのかもしれない。

パサーが重力を利用できる分は、潜ってカバーすればいい。完全に潜ってディープハーフになってしまえば、Knees to Chestは気にしなくていい。


道衣 or ノーギ

現代では、道衣とノーギ(グラップリング)は別競技であり、さらにルールによって重要となる技術も異なる。

練習時間は限られてるので、自分の専門とする方を重点的に練習するのが良いかも知れないが、ガードワークにおいてはノーギを土台にすることを推奨とする。

二つの大きな違いは、グリップであり、道衣では競技中の多くの時間で道衣を掴んでいるはずである。

ガードでは道衣を介して相手をコントロールできるので、構え方が変わる。

  • カラー&スリーブ

  • スパイダー

  • ラッソー

  • デラヒーバetc…

腕や脚を伸ばす = Knees to Chestが崩れる

これらのガードをプレイしている時は、すでに胸と脚の間に隙間(潜在的パスリスク)ができているはずである。

グリップをブレイクするかしないかは、パサー次第であるが、道衣では手または足(脚)による相手のコントロールを失った途端にパスされやすくなってしまう。

ノーギでは、道衣のような遠距離で手足を伸ばしてガードをプレイできないし、ガーダーがパサーを掴むのも簡単ではない。相手をコントロールしてない状態でのガードリテンション技術が基本である。

雑な言い方をすれば、ノーギでKnees to Chestの土台を作ってから、道衣の距離に伸ばしていく方がいい。

道衣でよくあるのは、握った道衣を離せず、パスられてしまうパターンである。相手が上手で組み手を無効化されたら、グリップを捨てて腕をディフェンスに使うべきだが、これができず脇腹や頭上がガラ空きなのである。

ノーギの距離感でガードリテンションをマスターしていれば、グリップが無い時でも自信を持って動けるはずである。

※あくまでもガードワークに限ったことであり、私見である。


これでパスされる理屈はわかった。骨格の問題はどうしようもないが、パスを防ぐために努力できる余地もある。

  1. 技術的な改善

  2. 肉体的な改善

  3. コンディショニング

ここからは、これらの具体的な方法を見ていこう。適切に実施すれば間違いなくパスを防げる確率が上がる。

ここから先は

5,909字 / 14画像

¥ 300

いただいたサポートは柔術コミュニティのために使わせていただきます。