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慮れるひと

最近、症例問題を検討していて、病院に行かない人って結構いるんだなぁと感じていました。(前々から、少し気づいてはいたけど)


わたしは、身体に少し不調があっても、心配になって病院を受診してしまいます。


⚫︎目に小さいできものができて眼科に行く。マイボーム腺が詰まっているので、メイクはちゃんと落とそうね、とご指導いただく。

⚫︎便が黒くなっていたので上部消化管出血を疑って消化器内科に行く。飲んでる鉄のサプリのせいだよと言われて一瞬で解決したので、せっかく来たからと整腸剤を処方してもらう。

⚫︎小さな頃から上腕やおしりの下あたりにブツブツがあり、気になっていたので皮膚科に行く。毛孔性苔癬という経過観察でよい疾患で、保湿剤だけ出してもらって放っておいたら、先生が言うように年齢とともに消えてきた。

まだまだありますが、取り敢えずここ3年くらいはこれくらいの程度でも病院に行きます。


わたしは些細な変化でも、自分が大きな病気を抱えているんじゃないかと心配になるので、いわゆる風邪と診断されるようなものでも市販の薬は飲まず、内科に行きます。


でも、世の中はそういう方ばかりではないのですよね。


問題を解いていると、実際の臨床に即しているのか「数年前から気づいていたが」「検診で指摘されていたが」放置していた、というものをしばしば見かけます。蛋白尿、高血圧、足の潰瘍など、色々なものが無視され、進行した状態で受診してきた、というケースは比較的多く見ます。


こういう問題文を読むたびに、病院に行こうよ!!と思ってしまう自分がいます。

自分なら、きっと行きます。怖いからです。早く治したいからです。

特に、わたしは多くの人の人生を救いたいという小さくても確実な思いを持っているから、他の人にも同じようにそう思って欲しいと願っているのだと思います。


でも、実際は行けない方がいることをわたしは忘れてはいけないのだと思います。

お仕事やご家族の過ごし方の都合で行けない方、
医療費や保険に不安がある方、
検査や告知が怖くて行けない方。
多くの背景がある方々のことを考える必要があるのだと。

もしくは、糖尿病で神経障害をきたし、そもそも潰瘍の痛みに気づいていないのかもしれない。



以前、とある症例問題に添付されていた皮膚所見の写真を見ながら、友人と「こんな風になるまで放っておくなんて、ありえないよね」と言い合ったことがあります。

医療者側からしたら、ある意味では正しい意見なのかもしれない。

だけど、世の中には病院に来れない人がいる。

わたしたちは、基本的には病院で座って待っているしかできない。

だから、目の前に来てくれた患者さんに、全力で向き合う必要があるのだと最近思います。


家庭の問題が山積みで心が弱っていても別の疾患を治すために頑張って来てくれた方、まだ幼いので本人はわからずゲームで遊んでいて、横でお母さんが泣きそうな顔で医師の話を聞いているケースの方、年々バスが減り、病院へのアクセスが悪くなる中でも通い続けてくださる方…。

ポリクリで出会った中だけでも、こんなに様々な方々がいらっしゃる。本当はまだまだたくさんいらっしゃる。

幼い頃からの病気で、高齢者になった今でもQOLを良くするために手術を繰り返していらっしゃる方、わたしと同じくらいの年齢でこれからずっと車椅子生活の方、自分の命と向き合い失敗し、それでも皮膚の治療は自分で頑張ってやれるまでに回復した方…。


カルテを読んで、わたしとはまったく違う人生を歩んできたのだなと感じられる患者さんを、2週間だけ受け持たせていただいたこともある。


わたしが知らないだけで、世の中はうんと広く、うんと多彩で、色々な人生がある。考え方もある。すべてをわたしの中で咀嚼できなくても、理解する努力を怠らなければ、まずは合格点にいけるのかなと、自分を甘やかして、でもそこは譲らず生きていけたらな。



とはいえ、2週連続でオペ見学で迷走神経反射を起こし、倒れてる私、、

そのうち一回は、腹痛も起こし立ち上がることができず、車椅子で医局まで帰ってきて当直室で寝かせてもらいました…。

わたしを心配し、介抱してくださったすべての方が優しかった。身近に尊敬できる方々がいれば、自ずとわたしもがんばれるような気がします。



温かみのある人になりたいです。



写真は、奈良の三輪そうめん、のにゅうめん。
なかなか行ける場所にないけれど、機会を見つけてまた行きたいな。

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