願わくば、颯爽と。

有紗は、清人に貰った赤くて可愛いボールペンを大切に持っていることを清人本人に指摘され、恥ずかしさと照れ臭さと悔しさで思わずテーブルに突っ伏した‥フリをした。
「めっちゃ大切にいつも持ち歩いちゃってるじゃないっすか」
苦笑しながらも得意げに、私がいつも持ち歩いているポーチから出てきた赤いボールペンをゆらゆらと揺らす清人を、突っ伏した角度のまま横目で確認する。あまりに予想通りの表情に、かかったな、と思いながら有紗はさらに深く顔を埋める。案の定、有紗が悔しくて仕方ない顔を隠そうとしていると思ったのか、はたまた恥ずかしさのあまり涙目になっていることを期待したのか、清人は声に笑い声を滲ませながら徐々にこちらに近づいてきた。
そもそも、と有紗は大好きな歌を頭の中で歌いながら考える。
清人と出会った時から、有紗の世界が一変したことを清人はどの程度わかっていたのだろうか。
ずっと、役に立つこと以外に何の意味もない生き物だと思っていた。役に立つことを証明し続けないと、自分の居場所はこの世のどこにもないと、自然とそう思っていた。感謝の言葉をもらったことはほとんどなかった。役に立つことはプラスではなく、マイナスの自分を許してもらうための手段だったからそれでよかった。でも同じくらい自分から何かに感謝することもほとんどなかった。期待することもされることも憎み拒んでいた。
でも、私の世界に清人が現れた。私のために私に期待してくれること。出来ない私をひとしきり大笑いして馬鹿にしつつ、惜しみなく手を貸してくれること。私にだけ向けた言葉を使ってくれること。数えきれない喜びで視界が明るくなってくると、清人以外の素敵なものとも出会えるようになった。我ながら、ちょっと浮かれてるなと思うくらい足取りは軽く、背筋はしゃんと伸び、遠くまで見えるようになった。
いよいよ真横まで来て、何かを勝ち誇るように喋っている清人の右手首を掴む。顔を上げた有紗の表情が、イイコトを思いついた時の輝きを湛えていることに気がついたのか、身構えて一歩引こうとする清人を逃さないように力を込める。
「大切に持ち歩くに決まってるじゃない。最愛の、私の可愛い、大好きな清人からもらったものだもの」
出来るだけ真顔で真っ直ぐに目を見て有紗は言葉を紡ぐ。
「いや、それ絶対冗談入ってるでしょ」
本気が伝わっていることがバレバレの表情をしながらも、冗談という逃げ道に逃げ込もうとする清人をもう一段階追い詰める。
「冗談なわけないじゃない。だって、ちょっとポーチから取り出しただけで、いつも持ち歩いてるってことに気がつくくらい、沢山私を見ててくれてる、頼もしくてカッコいい清人がくれたものだもの」
自分の行動を振り返った清人が今度こそ赤面する。勝ったと思いつつ、有紗は自分が笑いたい分だけ笑顔になることができて、いつでも大切だと言葉にして伝えたいくらい大切な存在に出会えたことに感謝する。

例えば指先が少し触れるような、そんな些細なこと。それだけでどこまでも行けるような嬉しさが込み上げてくる大好きな存在。世界中のみんなが、そんな存在と出会えたらいいなぁ、と心から願える自分を世界ごと抱きしめたいような気持ちになり、有紗は自分にとっての世界そのものみたいな清人に両手を伸ばす。

もちろん有紗の手が届く瞬間に、この夢が覚めることは経験上わかっていた。それでもどうしても。今この時に目の前にいるどうしようもなく大切な存在に手を伸ばすことを躊躇いたくない。不思議と、どこまでも晴れやかな気持ちにすらなっている自分を誇らしく思いながら、有紗は出来るだけ真っ直ぐに両手を伸ばした。


BGM   颯爽とハローマイラブ / 超特急
超特急さんの新曲『颯爽とハローマイラブ』で歌われる、どこまでも自分の心に正直に、好きなものを好きだと愛おしむ喜び。好きなものひとつあれば、そしてそれを素直に認めて大切にすることができれば、世界は優しく輝くことを教えてくれる歌声に勇気をもらい思い出した感情を、拙い物語にしてみました。

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