笑って、の一言で。

ああ、この3曲の並びが不思議なの?共通点、わからない?

咲良はふわりと笑いながら、嬉しそうな声で言う。綾人はその笑顔を引き出せたことに満足してしまい、ほんの数十秒前自分が発した質問への興味を途端に失う。なのでとりあえず、わからないですね、と応えておく。咲良は基本的にものすごく気が短い、と綾人は思っている。会話しているときに少しでもレスポンスが途切れると、露骨に機嫌が悪くなる。もちろん、本人もそのことを自覚しているので普段から機嫌の悪さを外に出さないように注意をしているが、綾人相手にそんな気遣いを見せるはずがない。なので、とりあえず二重の意味を込めた「わからないですね」を即座に返すのがベストだろう。ちらっと顔をあげて様子を伺うと、果たして綾人の狙い通り、咲良は機嫌を損ねた様子もなく手元の音楽プレイヤーを操作している。

「もう、仕方ないなぁ。今から3曲流すからちょっとほら手を止めてちゃんと聴いてみて。あやなら、アンテナ張って聴いてれば絶対わかると思うんだよね。」

そうだった、なんか最近同じ3曲をリピートしてる理由を聞いたんだった、と綾人は自分の疑問でスタートした会話の流れにやっと追いつく。そんな綾人を見る咲良の目には信頼しかない。咲良は時々と常々の間くらいの頻度でこういう目で綾人のことを見る。期待ですらない、シンプルな信頼。期待ではないからプレッシャーになる訳ではない。むしろ綾人自身も、そうか自分にはできるんだろうな、と自然と思わざるを得ない、そういう不思議な視線だ。なんとなく落ち着かない気持ちになり、綾人はもぞもぞと動いて座り位置を直す。

そうしている内に、咲良のお気に入りの小型だが音の良いスピーカーから、咲良が頻繁に聴いているので綾人にとってもすっかり耳慣れた男性ボーカルの歌声が流れ始めた。1曲目はサンバのような陽気な曲(綾人は実はこの曲がお気に入りだ。とりあえず楽しく過ごそうという力が湧いてくる)、2曲目はゆったりと心地よい朝の時間を歌った曲(この曲のせいで朝ごはんにチョコレートマフィンが出てきて、一昨日咲良と一瞬ケンカになった)、3曲目は切実に祈るような歌詞と不思議と壮大さを感じるメロディが心地よい曲(咲良が涙目になっていることが多い)。これまでは曲によってガラリと表情を変える歌声に気を取られていたが、改めて1曲1曲丁寧に聴いてみると綾人もひとつ共通点に気がつくことができた。

「笑って。」

綾人がひとこと言うと、咲良は満足げに頷いた。

「そうなの!3曲ともね『笑って』って言葉がすごく印象的なの。」

咲良は、自分の言いたいことが綾人には正確に伝わることにいつものことながら感動を覚える。本当にこんなに言葉がそのままの分量で伝わるなんて、綾人は奇跡みたいな存在だと心から思う。嬉しくなった咲良は頭の中に次々と浮かんでくる言葉をそのまま取り出すように、綾人に説明を続ける。

「3曲とも『笑って』って歌詞が出てきてて、歌っている人は同じなのに、こんなに違って響くのがまず本当に好きで。この曲だと、笑って大丈夫だよ、みたいな頼もしくて安心な感じの『笑って』に聞こえるのよね。で、こっちの曲だともう完全に笑った顔が見たくて、笑ったところを可愛いなぁって撫でたいんだろうなぁみたいな甘々の『笑って』にしか聞こえない。」

一気に喋る咲良の様子を見て、綾人は思わず口元が緩んでしまう。好きなものや自分の考えを話しているときの咲良は特にいいな、と思う。だから綾人は3曲目について咲良より先に口を開いた。

「で、最後のこの曲は、自分の目の前にいようといなかろうと関係ないくらい笑っていて欲しい人の笑顔を祈る『笑って』って感じですよね。」

「うん、そう。せめて記憶の中では『笑って』いて欲しい。もう二度と会えなくても、どこかで『笑って』いて欲しい。そういうさ、相手に直接届けられないけど、言葉にせずにはいられない『笑って』だと思う。」

祈るような『笑ってよ』の歌声を聴きながら、咲良と綾人はお互いに精一杯の微笑みを浮かべる。お互いの祈りを叶えるために。どちらの夢かがわからないこの時間が終われば、祈りとともにふわりと溶けていくだろう自分たちのために。


超特急アルバム『Dance Dance Dance』より

CARNAVAL (♬笑って 笑って 笑って)

Chill out@JP (♬笑って ねぇ、笑って)

Holtasoley (♬ねぇただ笑ってよ 笑っててよ)

最初にこのアルバムを通して聴いた時、この3曲の『笑って』の温度感の違いに驚き、タカシくんの歌に込められた想いに深く感動したので、その気持ちを拙い物語に込めて。


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