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機能性ディスペプシア(たぶん?)&逆流性食道炎&胃炎になった話

 2019年10月11日台風19号の前日、右側の口角炎を発症し、胃の調子が悪いらしい、ということに気がついた。翌々日10月13日、気圧が下がりまくり、昼寝の直後ものすごい頭痛が来て一度嘔吐した。20年ぶり、物心ついてから3度めの嘔吐。嘔吐恐怖症のわたしはパニックになった。それからなぜか下痢が胃痛が続き、ごはんが食べられなくなり、消化器内科Aに行った。はじめはストレスで、胃腸の調子が落ちているだけと言われ、食欲不振に定評のある漢方を服用したり、下痢や便秘の症状を緩和する西洋薬を服用したが、調子がよくなる、という感じは無かった。(以降実際に服用された薬の話や医師とのやり取りを書くが、素人の文系会社員がインターネットで見聞きしたり、実際に服用したりという個人的なものであり、効能を約束するものではない)味噌汁二口、ごはん0.25合、水菜二口、これで十分だった。この頃から、内臓から空気が上がってくる感覚があり、呑気症?と思いA医師に相談するも、そうかもね、と軽い返事。酸っぱいものが上がってこなければいいんじゃない、と。

 このA医師の軽い感じが苦手で、漢方もあわず消化器内科Bに転院した。B医師は胃カメラのうまさに定評がある、優しいなどと評判がよく、最初は優しくて、転院してよかったと思った。胃酸を抑える薬と(この薬が後に回収されていることを知りここでも一悶着あった)新たに処方された漢方「半夏瀉心湯」を服用し、一度は外食で軽めの一人分を食べられるまでに回復した。11月30日、びっくりドンキーのポケットキッチンで食べたハンバーグは本当に美味しかった。しかし、数日後、食後2時間内臓が激しくシェイクする症状に見舞われた。12時におにぎり1個とヨーグルトを食べ、2時間くらい休みながら仕事をし、シェイクが止まった16時くらいから本気で取り組む、夜も、食後2時間は喋るのも辛く、夜は咳き込んで目覚めるようになり、食後、喉の奥が酸っぱいことに気がついた。12月8日金曜日、仕事を早退しB医師に駆け込み症状を伝えると、「これは初めてですか、あなたは何がしたいのですか」と言われた。メンタル起因ですよね、と言わんばかりに。ただならぬ症状に内視鏡をしてほしいと伝えるも、予約が入っていて無理、あなたには別の漢方がよいと、勝手に抑うつ症状やのどに効く漢方「半夏厚朴湯」に変更され、胃酸を強力に抑える薬「タケキャブ20」を処方され、なおも不安だというと(あなたはがん等の可能性は極めて低いけど、そこまで言うなら渋々という感じで)血液検査をすると。

 とりあえずみぞおちの痛みは収まったが、ゲップが猛烈に臭い。胃の内容物の匂いがする。翌週血液検査の結果が出て異常無しとの回答。ゲップについて相談するも、ろくに話も聞かず、消化を助けるようなお薬足しますねー、と。(ちなみに胃酸を抑えると、消化不十分の消化物が腸に行き、腸に負担がかかる。腸が悪くなると上記の症状が出るらしい。)逆流性食道炎には、知覚過敏によるものと、本当に症状が出ているものと2パターンあり、B医師はわたしを後者と決めつけているかの処方であった。

 さよならB医師。あなたにお世話になることはもうありませんよ。血液検査結果の出る前の1週間、B医師には見切りをつけていた。2ヶ月弱まともに食べていないので、顔がげっそりしていたし、ろくに寝ていないこと、症状がつらいことを職場の看護師に相談し、産業医にセカンドオピニオンする約束を取り付け、(文系で、医学とは関係ないけど)開成高校→東大の最高学府上司に「逆流性食道炎と思われ歯が溶けて食道がんになって死ぬんです!」と泣きつきサードオピニオンし、ふたりから、まずは内視鏡検査をしたほうがよいとアドバイスをもらった。今思えば内視鏡をして、可能性を絞っていくって当たり前なんだけれども、低栄養低睡眠の状態でgoogle検索すると、がんになって死ぬエンドしか目に入らなかった。

「○✗(最寄り駅)消化器内科」「○✗ 胃カメラ」などで検索を重ねて、EPARKに詳細を載せているC医院を発見。C医院は内視鏡の予約状況がインターネットで見られ、一枠空いているのを確認し、藁にもすがる思いで電話し、翌々日の月曜日に予約。直前の予約だったので、11時からのみ空いていて、麻酔を打って胃カメラ、休憩してお昼を食べて出社すると、出社が14時くらいになるので、月曜日の仕事は休むことを上司に報告。ややもすると金・土日・月と休むと仮病っぽかったのであらかじめ症状を伝えておいてよかった。

 一つ目の幸運は、これが2019年12月の出来事であり、コロナ前であったこと(C医院はコロナ禍で胃カメラをしていなかった)、二つ目の幸運は胃カメラが人生2回めであったことだろう。この年の7月、人間ドックで胃カメラデビューをしていたので、麻酔さえしておけば大丈夫、と胃カメラ自体にはあまり恐怖はなかった(診断結果何もなかったら原因がわからず、治療できないのでは?という恐怖はあったけれど)。当日、絶食して、このときにはもう食欲とか空腹とかいう次元ではなかったが、のどの痛み、吐き気、低血糖対策で、飴をなめられないのだけが辛かった。C医院に通院。のどの麻酔をあれこれして、いざ胃カメラスタート。

!!!!!!!!!!!

めっちゃ辛い!!!!!

前回は寝ているだけの簡単なお仕事だったが、喉の異物感と嘔吐反射が出て、嘔吐恐怖症のわたしには地獄のような数分間だった。何度も体が動き、看護師さんが体をさすってくれたが、この数分が永遠のように長く感じた。(これはC医師が下手、ということではなく、症状のある人の胃カメラは辛くなりがちだそう。)

そののち再度C医師に呼ばれ、軽度の逆流性食道炎と胃炎を併発していること、がんやポリープなどはないことを言われ、一連の症状を伝えた。

新しいお薬「アコファイド」が処方された。

機能性ディスペプシアを治す新しい薬だ。もう散々この界隈の症状を検索しまくっていた私には、ああ、やっと実質的に診断が出たなとほっとした。C医師は診断名をはっきり言わない人だったが、「機能性ディスペプシア」向けの処方をしている。胃カメラをして、原因がない場合に、処方されるものである。そしてこの薬は効果が出るまでに2週間くらい時間がかかるらしい。じんわり効いてくる一方、一定数全く効果がなく「ラムネ」だと言い切る人がいるらしい。

先生がよかったのか、アコファイドが合っていたのか、時間が解決したのか、今になってはわからないが、悶絶するような痛みも内臓のシェイクも止まり普通に仕事をして普通に寝られるようになった。数ヶ月かけて、タケキャブ20(C医師には軽度の逆流性食道炎であり、ここまで強い処方にしなくても・・・と後日言われる)→タケキャブ10→ネキシウム→ファモチジンとゆっくり胃酸を抑える薬をマイルドにしていき、漢方も「半夏瀉心湯」に戻し、半年後には普通のごはんが食べられるようになっていった。あれだけ痩せた体重も、ステイホームですっかり元通りになり、むしろ若干増えた。

<最後に>

この病気は体の外に何かが現れるわけではないので、理解が得られづらく、寝られない・食べられない・食べた後悶絶の三重苦が非常に辛かった。治療期間中は消化器内科の医師や同じ症状の人のTwitterをフォローし治療方法を考えて、服用パターンを(タケキャブ→ネキシウム→ファモチジンは上記医師のTwitterを読んで、「これをやってみよう!」と)医師に相談した。治してもらおうではなく、どんな手を使っても治すという貪欲さが必要だと感じた。この「手」の中に、自分に合う医師を見つけるまで転院する、こともあるのだと知った。医師にも得意・不得意があり、原因不明の症状を言われると、安直にストレス、という人がいるのだということは注意が必要(以前毎日10リットル尿が出る、という壮絶体験をした人のまんがを読んだが、ただならぬ自分の症状に対し「ストレスでしょう」と軽く流してしまう医師がいるので、信用しきってはいけないということを痛感する)。病気になってよかったことは無かったと思っていたが、しいていえば、病気になったときに自分の納得する治療を受けるにはどうするか、というのををただちに命に別状のない病気で練習できたのはよかったかもしれない。

受験、就活、婚活には数多マニュアルが出回っており、医療系でも「がんになったら」みたいな本はそこそこあった。ただしマイナーな疾患には当然需要がないから供給もないんだなと思い、ここに記録しておく。機能性ディスペプシアがもっとメジャーになって治療パターンが世の中に出回りますように!

※上記の壮絶体験の漫画はこれです




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