ファームハットの女子高生。
東京のド真ん中で生きてきた。普通にJKをやってきた。
渋谷に行って、ディズニー行って、
学校帰りは、友達とふざけながら自転車に乗って。
ありきたりのごく平凡な日本の女。
が、高校一年の私が、母親に書いた手紙を、今でも覚えている。
“〜拝啓 日本の皆へ 南半球 大草原の、小さな家より〜”
私の好きなことは、これだ。普通のJKが好きになったことは、これだった。
ファームガール。
高校一年生の冬に、オーストラリアへ一年留学することを決めた。夢にまで見た海外でのパーティーライフの始まりだった。
早速、私のホストファミリー情報が届く。
そして、
私はこの時初めて、玉手箱を開けた時の浦島太郎の気持ちが想像できた。
Google earth が示した矢印の先は・・・一面の緑だった。
“私たちのfarmには、3000匹のsheepがいます。日焼け止めと、汚れてもいい服忘れずに。あと、farmハットもね”。
彼らが送って来たメールを何十回も読み直す。
何度辞書で引いても、farmは農場。sheepは羊だ。
少なくとも・・・私は思った。
パーティードレスは、汚れてもいい服ではないな。
そう呟いて、スーツケースから引っ張り出した。
そして突然、開け放した東京の窓の外から、南半球の草原の風を感じた。
それから半年。
まだ陽の昇らない6時に、
暖炉に薪をくべ、台所から漂うオートミールの匂いを嗅ぎながら、
粉ミルクをどっさりバケツに入れて、お湯でかき混ぜている私。
半年前まで、原宿のソルビンを堪能していた女子高生は、
オーストラリアの大草原で子羊にミルクを作っていた。
握りしめていたスマホは鎌に、
着崩していた制服は、泥だらけのつなぎに変わっていた。
でも、好きなのだ。
本当に、その暮らしが好きだったのだ。
皺の深く刻まれた、ハイジのお爺さんみたいなホストファザーの横に座って、
軽トラで大草原を走り回る日々。
地平線を見つめながら、口笛でファームドッグを操り、
風を読み、
土の匂いを嗅ぎ、
雨の中子供たちと羊を追いかけ回す日々。
カンガルーの群れを横目に、
優しいホストマザーの横で羊のミルクを作る日々が、
大好きだった。
私は、
オーストラリアの Japanese farm girl と呼ばれることが大好きだった。
これが、東京生まれ東京育ちの女子高生が
人生で一番
恋をしたと思えることだったのだ。
人々がひしめき合い、
車が行き交う東京。
そんな都会の雑踏の中に帰って来て2年。
それでも、今でも私は、
開け放した窓の向こうから、
東京の地平線の向こうから、
あの大草原の口笛が、響いてくるのを感じる。
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