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出産まであと90日

私は今、許されたい。

出産予定日まで90日をきった。
最近、毎日毎日考えることがある。未だに、どう考えたらいいかわからない。誰かに答えを教えてほしい。

今日に至るまでに、
自分の中から新しい命を生み落とした人に、
血のつながりを越えた命を育ててきた人に、
これからその命と巡り会うかもしれない全ての人に、
答えを教えてほしい。

「じゃあ、なんで産みたいと思ったの?」
「じゃあ、どうして子どもが欲しいなんて願ったの?」

そう聞かれた時に、私はどう答えればいいですか。

私の子宮の中でうごめくこの子と出逢える日まで
あと90日をきった。

毎日毎日
昨日よりも膨らんでいくお腹にびっくりする。

ベッドから起き上がる時
その重さにびっくりする。

寝返りを打つのも、
身体中の臓器がごっそり動く感覚を伴う。

お腹のなかの人の小さな足が
私の胃、腸、膀胱、今まで当たり前のように
体の定位置に収まっていたものを
いとも簡単に蹴り上げる。

自分の中で、
二つの別々の心臓が脈打っているのを
感覚的に感じ取れる。

マタニティマークがなくても
妊娠していることが外からはっきりわかる体になった。

だけれども、
やっぱり私は、優先席の前に立てない。
混み合った電車やバスの中で、
座っている誰かの前に立つことができない。

買い物かごが重い時、
レジの男の子に
台まで運んでもらえないか...と声をかけることはできないし

育児書を読むたびに込み上げてくる
漠然とした不安を
文章にすることもできない。

いや、してはいけないと、心のどこかで思っている。

「助けてほしい?これ全部、あなたが始めたことでしょ」

そう言われている気がするから。

この命を授かりたいと願ったのは、
この命を生み落としたいと願ったのは
他の誰でもない私自身であって、
それを受け入れた夫であって、
世の中の他の誰でもないから。

これは、
他の誰でもない、
私自身が始めた物語であって、
世の中の誰に頼まれたわけでもないから。

つわりは想像を絶するほど辛かった。
水も飲めない、りんご一口も食べられない日々が、
2ヶ月以上続いて、
文字通り「気絶させて欲しい」と何度も夫に泣きついた。

お腹が大きくなれば、
お腹の中の人に送るための2倍の血液量に心臓が驚き、
30分歩き続ければ息が上がってしまう。

満員電車の中で
突き出たお腹を庇いながら立ち続けるのが
こんなに苦しいなんて。

それでも、これは全部、覚悟していたはず。
全部、わかっていたはず。
子どもを授かる上で降りかかることなんて
納得した上で、始めたはず。

全部全部わかっていたはずでしょ。
全部あなたのエゴから始まったことでしょ。

「それなのに、どうして辛いなんて言うの?
そもそもなんで産みたいって思ったの?」

そう、誰かに言われている気がする。
誰かに助けを求めたら、そう言われる気がしてしまう。

こう言われたら、私はなんて言えばいいのだろう。

人が、人を産みたいと思う気持ちに、
理由なんてあるんだろうか。

誰もを納得させる理由があったとして、
それがあったら、やっぱり助けを求めちゃいけないんだろうか。

これを書いているこの時にも、
私のお腹の中で元気に動く我が子が、
私は愛おしくて仕方がない。

はやくこの子を
自分の腕で抱きしめたい。

どんな顔をしているだろう。
どんな声をしているだろう。

何が好きになるのだろう。
誰に恋をするのだろう。
何を守りたいと思うのだろう。

初めて好きになる歌は
初めて口にする食べ物は
初めて目にうつる空の色は何色だろう。

私の中で、すでに始まっている
この新しい人の人生が、
私には尊くて仕方がない。

それと同時に、儚すぎて、脆すぎて、小さすぎて、怖くて仕方がない。

でも、
この子と巡り合いたいと思ったのは、望んだのは
誰でもない私であって、
もう後戻りはできないのであって、
この子と出逢うために訪れるいろんなことを、私は乗り越えるのだと、誰かと約束してしまった。

それを世の中の人たちは、当たり前のように知っていて、
だから私が「辛いから、助けて欲しい」なんて言えば、それは何かのルール違反になる気がしてしまう。

「その恐怖さえ、求めたのはあなたでしょ」
「それさえ乗り越えられないのなら、あなたはそもそも、子どもを望むべきじゃなかった」

そう言われている気がしてしまう。

この気持ちを言葉にするまでに、
1ヶ月以上かかった。
この気持ちを、誰かに知って欲しいのかもしれないと気づくまでに、それ以上長い時間がかかった。

私は今、許されたい。
「じゃあなんで産みたいと思ったの」という問いに、
答えられないことを、許されたい。
答えられないのに、お腹のなかの新しい人を、
もう愛していることを許されたい。
そして、それでも助けて欲しいと思うことを、許されたい。
それを、漠然とここに綴ることも。


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