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QUAD標準化協力の背景と効用

本稿は標準化の意義と標準化に関するWTOルールについて簡単におさらいした後、先日のQUAD首脳会談の共同声明で明記された標準化協力について、その背景である中国の標準化戦略及び知財保護の「二重基準」について指摘したうえで、QUAD標準化協力がもたらす効用、すなわち「二重基準」の実効性の喪失、WTOルールにおける優位、サプライチェーンの多角化について解説することを目的としている。

重要技術の競争力を確保するには、技術に関する知的財産を獲得し保護することが重要である。企業のもつ知的財産権が保護されることで、その企業は市場における優位性を確立し、研究開発への莫大な投資を回収出来るだけでなく、新たなイノベーションを創出する機会を得ることが出来る。一方で、知的財産権によって技術が保護されるだけでは、国際市場における優位性を確保したことにはならない。重要技術の国際競争力・国際市場に占めるシェアを増加させるには技術規格の標準化が必要となる。

標準化とは、技術の仕様や様式を統一することを指す。標準化により、ユニット間のデータのやり取りを容易にしたり、機器の接続における互換性を確保したりすることが出来る。したがって、技術の標準化は非関税障壁を取り除き、自由貿易を促進することにもつながる。
技術の標準化には二種類の方法があり、ある技術規格が市場における大きなシェアを確立し、それが事後的に技術標準となる場合をde facto標準、ISOなどの標準化機構における公式決定を通じて技術標準が設定される場合をde jure標準とそれぞれいう。現在では後者の標準化の方法が一般的である。

WTOは貿易の技術的障害に関する協定(TBT Agreement)において国際標準優先原則を採用しており、現在各国は国際標準と整合しない国家標準を定めることが原則として不可能になっている。これは国家標準が自由貿易を歪曲化することを防止し、国際社会の経済厚生を増大させるための措置である。 したがって、国際標準を獲得した製品をもつ企業は国際市場における競争で優位に立ち、他大な経済的利益を得ることが出来る一方で、国際標準を満たしていない技術規格を用いた製品を持つ企業は、国際市場の競争だけでなく、WTOの紛争解決手続においても不利に立たされ開発投資の回収が難しくなる。

2021年3月のQUAD首脳会談の共同声明では、重要先端技術分科会が設立され、QUAD諸国が「重要先端技術のデザイン・開発・利用に関する原則の発展」や、「QUAD諸国の国内標準化機構間の調整や幅広いパートナーとの協力など、技術標準化の促進のための協力」を協議することが決定した。

こうした標準化協力の背景にはもちろん、中国の標準化戦略に対抗するという意図がある。中国政府が現在作成中の「中国標準2035」という文書では、中国が国家プロジェクトとして、国際競争力強化のために標準化を活用することと、その中期的な戦略がまもなく公表される予定である。技術規格の国際標準を設定する際にたたき台となる国別提案の数を見ても分かるように、国際標準の設定に関する中国の発言力は増してきており、とりわけ通信分野では顕著になっている。 標準化を巡るこうした計画に対して、QUAD内で協力して先手を打つ姿勢を示すことは、たとえばHuaweiの5G規格など、国際標準となりうるポテンシャルを秘めていると同時に安全保障上の懸念となりうる企業の製品の利用を避けたい同志国にとっての強力な支援となる。

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だが今回のQUAD標準化協力の決定にはもう一つ重要な背景があると考えられる。中国企業の特許数の増大、及び中国の知的財産権保護に関する「二重基準」の設定である。2020年11月30日に共産党中央政治局による知的財産権の集団勉強会が開かれた際に、習近平が中国の知財法が域外適用できるような法整備を進める旨を示唆している。一方で、2021年1月9日に中国共産党商務部により「外国と法律および措置の不当な域外適用を阻止する弁法」が公表され、同日に施行されている。同法は、当事者が外国の法律を遵守し中国企業に損害を与えた場合、中国が当事者に損害賠償を請求することを可能にした法律である。外国の法律の域外適用に対しては対抗する一方、中国の知財法は域外適用するというこの「二重基準」を採用することで、中国は米国との経済安全保障のせめぎ合いを有利に進めようと画策している。 特許申請件数が世界一位となった中国が知財法を重視する方針に舵を切ったのは重要な変化である。中国の知財戦略に対する日米の危機意識は、3月16日の外相会談においても反映されている。

「中国については、中国海警法を含む東シナ海、南シナ海における中国による一方的な現状変更の試みに強く反対し、深刻な懸念を共有するとともに、同志国を含め緊密に連携していくことで一致しました。また、香港の選挙制度に関する全人代の決定について共に重大な懸念を示し、新疆ウイグル自治区に関する人権状況についても共に深刻な懸念を示しました。更に、こうしたことを日米を始め価値観を共有する国がしっかりと声を上げていくことが重要であるとの点で一致しました。経済面でも、市場歪曲的な補助金や知的財産等を含め、中国をめぐる諸課題への対応の必要性を確認しました。

以上を考慮するならば、先の共同声明は明確な対中戦略と言える。QUAD諸国の重要技術を用いた製品が国際標準化され、中国企業の製品の国際市場のシェアが限定的になれば、開発投資の回収が厳しくなるだけでなく、中国の知財法や域外適用阻止法の実効性も薄れるためである。さらに、もし国際標準化された製品に対して関税障壁、あるいは自国の技術規格の国家標準化などの非関税障壁を敷くなどの報復措置を取れば、WTOの紛争解決手続で中国は不利な立場に置かれることになる。いわば、中国の知的財産保護の「二重基準」に対して、QUAD諸国が技術の国際標準化の促進とWTOの国際標準優先原則の合わせ技で対抗する構図が生まれている。 先の中国の国別提案数の増加を踏まえるならば、ハイテク分野の国際標準に関するQUAD諸国による共同技術文書の策定などが足掛かりとして行われる可能性が高いだろう。

QUADの標準化協力はもう一つの効用を備えている、というのも、標準化協力により中国のハイテク製品のシェアが制限されれば、サプライチェーンの対中依存からの脱却を促す可能性があるためである。サプライチェーンの多角化は、中国のエコノミック・ステイトクラフトが発動した場合の対抗措置の一つとして議論が進められていた。しかし、サプライチェーンの多角化をいかに実現するかという点については、政府が民間企業の活動を制限する度合いには限界があるため、これといった解決策が提示されてこなかった。 しかしQUADの標準化協力は、ハイテク製品のサプライチェーンの多角化にとって突破口となる可能性がある。de jure標準の説明で述べたように、国際標準は各国政府の国際標準化機構への提案を通じて設定される。それにもかかわらず、設定された国際標準は製品のシェアや企業の動向に直接的な影響を与えるためである。たとえば中国企業のハイテク製品が国際標準化から外されれば、提携先の外国企業も純然たる経済的考慮に基づき取引を見直す可能性が出てくるわけである。

以上、QUAD標準化協力の背景と効用について簡単にまとめた。これらの分析から見えてくるのは、あくまでWTOルールに基づきながらも、中国製品のシェアを制限し国内市場を間接的に調整することで中国のエコノミック・ステイトクラフトによる被害の最小化を図るという、QUADの経済安全保障戦略の根幹をなす考え方である。

参考資料

“Fact Sheet: Quad Summit” MARCH 12, 2021 • STATEMENTS AND RELEASES

「経済の安全保障的側面を強化する中国」土屋貴裕著 (2021-03-11)JIIA〔研究レポート〕

「経済の集団防衛は可能かーー中国・オーストラリア対立からの視点」鶴岡路人 (2021/3/10) 笹川平和財団

「国際制度の競争歪曲効果―日本企業の技術力と国際標準化制度―」吉田直未著 『国際政治』第179号(2015)日本国際政治学会編

「知的財産と国際標準化」永野 志保著(2013)

「中国標準」国家が総力 強まる技術支配、国際機関で主導権 米の分断戦略に限界も 日本経済新聞(2020年7月25日)

「提言 「経済安全保障戦略」の策定に向けて」」自由民主党政務調査会 新国際秩序創造戦略本部 (2020年2月16日)

noteは脚注付けれないのがほんとクソですね。いい加減直した方がいいと思う。



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