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海の日のシール シロクマ文芸部

海の日を買った。海の日のシールを。
たまの贅沢は心を豊かにすると、今は亡き母も言っていた。
正直に言うと、私が買って来た海の日は、少しだけ汚れていたので一割引だった。それでも私にとっては贅沢品。カレンダーと睨めっこする。
よく考えて、7月31日に海の日のシールを貼った。
私にはどんな海の日が用意されているのだろう。
ワクワクが止まらない。


7月31日になった。
だが何も始まらない。そのまま24時間、海に関するような夢でさえ見なかった。私は粗悪品を掴まされたのか、少しの汚れが原因だったのか。

翌日、店に行き一応苦情を言ったが、店側は初めてのことですと頭を下げるばかりだったが、何のつもりか小さな青いシールを渡してくれた。
店側は『内緒です』と言うばかりで何の説明もなかった。

家に帰ってカレンダーを見た。
8月21日は私の誕生日。あ、私は幾つになるんだったっけ。もう還暦は随分前に一人で祝った。
まあいいか、私は深く考えることも無く小さな青いシールを誕生日の数字に貼った。

そして8月21日。
早朝、私は誰かに起こされた。一人暮らしの私にあり得ないこと。夢だと思いながらも目を開いた。
そこにいたのは母だった。

「お母さん、迎えに来てくれたの?」
「何言ってんの、あなたは私よりうんとうんと長生きしないとダメよ。ちょっとね、会いに来たの。誕生日おめでとう」
私の眠気は一度に飛んだ。
母に泣きたいと思うほど会いたかったのに、話したいことは山ほどあったのに何も言えず、ただ母の両手を自分の手で包み込むことしかできない。あとは涙。

「あらあら、あなたは今の私より年上なのよ」
そう言って母は私の白髪を撫でてくれた。私は幼い頃の私に戻っていた。
どれ程の時間が過ぎたのだろうか。
私の涙はどんどん広がって海になっていった。

昼前、母は迎えに来た小さな舟に乗って手を振って消えて行った。ああ、母に会えるなんて思ってもみなかった。
なんて素敵なシールだろう。

私は、シールのお店に青いシールのお礼を言いたくて出向いたが、そのようなシールは扱ってないとのことだった。

混乱したまま家に帰り、テレビをつけた。
アナウンサーは、今日は7月31日だと告げた。 


了 894文字

小牧部長、参加させて頂きありがとうございます。
よろしくお願いいたします。


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