見出し画像

一冊の本 #シロクマ文芸部

一冊の本を埋める。
それにどんな意味があるのだろう。
聞いた話では、それが彼女と付き合うための条件だそうだ。
本を一冊埋めさえすれば、彼女と楽しい時間を共にできる。ならばお安いご用だ。

でも、何か引っ掛かる。
彼女は大の読書家で、本を愛してやまないはずなのに、なぜ埋めねばならないのか理由が知りたい。

次の日、隣のクラスの彼女が廊下に姿を現すのを見計らい、彼女に声をかけた。
ぼくの質問に彼女は首を傾げた。
「変な話ね、そんな事を私言った事ないわよ。でも、何でそんな話が広まっているのか私が知りたい」

なんだ、ただのデマか。
安心したような気持ちと裏腹に、ちょっとだけガッカリしたような。

その夜、ぼくは夢を見た。多分夢だ。
小人が一人庭の隅から現れて、ぼくに訴える。
「本を一冊埋めて欲しい」と。
昼間にあんな事があったから、こんな夢を見たのだろう。

次の夜も夢を見た。多分夢だと思う。
小人が二人現れて、ぼくに訴える。
「本を一冊埋めて欲しい」と。

また次の日も同じ夢を見た。今度は小人が三人だった。

もしかしたら、夢ではないのかも。
朝起きてぼくは庭に出た。
狭い庭の隅っこに、穴があった。そう小人が通れそうな穴。
ぼくは自分の部屋に戻り、小さい頃読んだ童話を一冊ビニールの袋に入れ、その穴に埋めた。
多分、明日には無くなっているはずだ。そう思った。
部屋に戻ると携帯が鳴っていた。隣のクラスの彼女の名が表示されていた。



#シロクマ文芸部
#一冊の本を埋める
#ショートストーリー