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夏の雲 シロクマ文芸部

夏の雲の中に別の世界が広がっている。大きな入道雲であればあるほど、別の世界がある可能性は高い。
そんな話を聞いたのは、祖母からだった。巡ってくる夏を迎えると祖母の話を思い出す。御伽話のような話を祖母は夏が来る度に私に聴かせてくれた。まるで夢見るように。雲の中の世界の話を。

雲の中の住人達は毎年メンバーが違っていたが、穏やかで優しい者たちがいつも登場した。人間とも動物とも違う登場人物たち。
私は幼い頃は祖母と一緒に夢みていた。成長すると、なぜ祖母はこんな作り話を楽しそうに話すのか不思議ではあったが、いつも胸をドキドキさせて聴いていた。

祖母には六人の孫がいたが、こんな話を私にだけしてくれた。
「由美は一番私に似ている」
いつも会う度にそう言って私の頭を撫でてくれていた。

本人が望んだように夏に祖母は亡くなり、3回忌の法要も昨年済ませた。
祖母は今は入道雲にいるような気がする。今はきっと不思議な者たちと楽しんでいるだろう。

そんな事を思いながら、空を見上げていると母が側に来て言った。
「おじいちゃんもおばあちゃんも、雲の上から仲良く私達を見守ってくれているわね」
頷きながら、私は母に寄り添った。
「私はね、まだ生まれる前のベビーちゃんたちが雲にいるような気がするの。どのお母さんにしようかなって」
私はそう返した。
「あなたにも、いつか可愛いベビーが来てくれるわよ」
母はそう言って私と腕組をしてくれた。嬉しい時の母はいつもそうしてくれる。
 
今日の入道雲は一段と白く美しく見えた。  
私は、ふと、以前あの雲にいたことがあるような気がした。母の元に行こうと決めたのかもしれない。そうであれば私の判断は間違ってはいなかった。

そんな風に思った穏やかな夏の午後。



了 727文字



小牧部長の今週のお題「夏の雲」から始まるショートストーリーを書きました。よろしくお願いいたします。


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#ショートストーリー