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姫の種(桃太郎のパロディ)

昔、昔、ある貧しい村にお爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは川に洗濯に、お婆さんは山に柴刈りに行きました。
家庭もそれぞれ、夫婦もそれぞれ。

お爺さんが川で洗濯をしていると、川上から大きくて真っ赤な何かが流れてきました。それは見たことも無いものでしたが、とても美味しそうに思えました。
その大きなものを手にすると、なんとも言えない良い匂いがします。きっと食べられるものだと、お爺さんは大喜びで抱えて家に帰っていきました。


その頃、お婆さんは山仕事をして、帰りは柴を刈りながら家に向かっていました。

途中、はたと立ち止まりました。

いつ、こんな社ができたのか不思議でした。ちいさな社がお婆さんの前に現れたのです。

お爺さんとお婆さんは仲の良い夫婦でしたが、子供は授かりませんでした。
思わず、お婆さんは子どもを授かりたいと願ったのです。

まあ、私ったら。自分がお婆さんなの忘れてた。
お婆さんはクスクス笑いながら家路を急ぎました。

その夜の事です。
この大きな赤い何か、は、神様がくださったのだとお爺さんとお婆さんは話し合いました。
神様にお礼を言って、頂きました。

いやいや、そうはいきませんでした。
二人がそれに手を伸ばしたその時!
それはパックリと二つに割れたのです。
いえいえ、男の子が産まれてきた訳ではありません。産まれてきたのは、女の子だったのですから。

「あらまあ、神様が願いを叶えてくださった」
お婆さんは山の中の社でお願いした事をお爺さんに話しました。
「ありがたい事だ、私達で大切にお育てしよう」

二人は神様から授かった女の子の名前を考えましたが、どの名前も相応しく思いませんでしたので、『姫』と呼ぶ事にしました。

姫は心の優しい美しい少女に成長し、年老いたお爺さんとお婆さんをしっかりと支えてくれました。そんな姫を、お爺さんとお婆さんは大層可愛がり、大切に大切に育ててきたのです。

姫が16歳になった頃、姫はお爺さんとお婆さんを前にこう言いました。

いえいえ、どこぞの村の男の子のように、きび団子を持って冒険の旅に行きたいとか、別の村の女の子のように立派な殿方を悩ました挙句、遠くへ帰らなければならないとか話したわけではありません。 

姫はこんな話をしたのです。

「お爺さん、お婆さん、私を大切に育ててくださりありがとうございました。でも、お二人とお別れしなければなりません。その時がまいりました」
お爺さんとお婆さんは顔を見合わせました。

「これまで楽しく幸せに暮らす事ができました。お別れするのは辛いですが、わたしはいつもお側にいます。悲しまないでくださいね」
少しの間があり、姫はふたりの手を取りました。三人の目は涙で一杯です。

「わたしの本当の名前は「りんご」といいます。私はりんごの種となる為に神様につかわされました。
私は消えますが、種が残ります。これを育てると実がなります。それはこの村を豊かにする事でしょう」

いい終わると姫は、否、りんごの姿は消えて、あとには両手一杯の種が残りました。

お爺さんとお婆さんは嘆き悲しみました。
けれど、神様の思し召し、りんごの思いに感謝し、種を撒く事にしたのです。

それから村人達に集まってもらい、これまでの話をしました。そして村人と共に泣きながら種を撒きました。 


あれからどのくらいの年月が流れたでしょうか。お爺さんとお婆さんの事を覚えている人は誰もいません。


ある果樹園の隅に小さな古いお地蔵様が三体あります。どんな言われがあるのでしょう。お花が供えてあります。りんごの枝です。

今年も美しいりんごの花が、良い香りを漂わせています。
今年も美味しい実がたくさんたくさん実るでしょう。

      the end