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雛人形 青ブラ文学部

春めいてきた。
春の足音が聞こえて来るたびに、私は思い出す。
子どもの頃のできごと。
この地では無い。私の生まれた街での。




次の誕生日がきたら、10才になる春。初めての二桁の年齢。なんだかお姉さんになるようでくすぐったいような気がしていた。

私の誕生日は三月三日。雛祭りの日だ。
小さなお雛様が、すでにテレビの隣にある低めの棚に並んでいた。
まだひと月も先なのに。

その雛人形は内裏雛だけの、母の手で生まれた木目込み人形だった。母が一生懸命作ってくれている姿を私はワクワクしながら見ていた。出来上がった雛人形をとても可愛いと思った。とても嬉しかった。
でもお友達の家に飾ってあったお雛様を見た時、また別の感情が現れた。豪華な五段の雛人形たちを見てしまい、私は自分のお雛様を恥ずかしいと思ったのだ。


それから当分の間、私は自分のお雛様に顔向けできない後ろめたさを感じていた。
恥ずかしいと思ったことが、母とお雛様への裏切り行為だと思った。裏切り行為という言葉をその時はまだ知らなかったと思うけれど、確かに裏切り行為そのものだった。

雛祭りがやってくるたびに、苦い思いが甦った。
複雑な気持ちを抱かずに、そのお雛様を見ることができるようになるまで数年かかったように思う。


実家も、お雛様も、今は無い。
雛祭りが近づくたびに、お雛様を作ってくれている母の姿を思い出すのです。
そして、これが私の雛祭りとなりました。


山根あきらさん
よろしくお願いいたします。
実話と作り話が半々、かな。



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