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見かえり美人 シロクマ文芸部

手紙には簡潔に結婚の報告だけが書いてあった。
ずっとあなたからの連絡を待っていた私には青天の霹靂だった。いや、こうなる事はわかっていた。
メールでも、電話でも無く、手紙であったことにむしろ驚いた。

封筒に貼られていたのは見返り美人の切手。封筒には消印が無かった。通りかかったついでに、或いはポストに投函するより私の家の郵便受けに直接入れる方が遠回りにならなかったのかもしれない。あなたの実家はここからさほど遠くないところにある。
この家の前をあなたが通ったのだと思えば、追いかけて行きたいと思った自分が悲しい。

あなたが遠くの街に転勤で去る前日、見返り美人の切手シート一枚をあなたに貰った。
私が見返り美人の絵が好きだと覚えていてくれたことが嬉しかった。
でも、私は切手シートよりも一緒に来てくれと言って欲しかった。
それでも私に手紙を書いて欲しいという意味の切手だと思い、そんな言葉も飲み込んだあの日。

私はあなたにもらった切手をすぐに使い切ってしまったが、あなたから届いた手紙は一通もなかった。
転勤を機に、私を遠ざけたかったのだ。
ダメ押しのようなあなたの手紙には、差出人の住所が書かれていなかった。新居を知られたくなかったのだと思い知る。

人生で一番ひどい手紙がこれだと思う。破り捨てようとしたら、封筒の見返り美人が一言。何と言ったのか聞き取れず手を止めた。

彼女は今度は、はっきりとした声で私に言った。
「振り返るのは私だけ。あなたは振り返らず歩くのよ。私がこのままこの手紙を処分してあげる」

手紙は空に舞い上がり、紙吹雪に姿を変えて雲の中に消えていった。
「私は振り向かず歩くわ」
そうつぶやいた私に、見返り美人が手を振ってくれたような気がした。
「見返り美人さん、あなたも幸せになってね。私も幸せになるわ」
彼女の笑顔を感じた。

私は空を見上げながら、髪を伸ばしてみようかとふと思ったのだった。


了 784文字




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