見出し画像

記憶に残る最高の一杯

小学校の時に通っていた塾で他校の友達が何人かできた。その中の一人にYという同級生がいた。Yは塾に来た初日に鼻血を出していた。それが彼の第一印象だった。

そんなYはとても気のいい奴で、自然と塾の日以外でも遊ぶようになっていった。他校の友達の家となると自転車を使ってもなかなかの距離感になってくる。30〜40分かけてお互いの家に行き来した。

そんなYの実家はラーメン屋を営んでいた。
こだわりのスープとチャーシューが売りのラーメン屋。Yはしばしば塾の時にトッピング用のメンマやチャーシューの切れ端をを持ってきて僕らに食べさせてくれることがあった。
これが絶品でYの家のラーメンをいつか必ず食べに行こうと友人達で話していた。

その思いがひょんなことから実現することになった。それはYの家に初めて遊びに行った日だった。
彼の部屋でカードゲームやテレビゲームをして楽しんでいると、Yの母がドアをノックをして部屋に入ってきた。手には人数分のラーメンが置かれた大きなお盆を持っていた。
そのラーメンはいわゆる全部のせというやつで、自慢のチャーシューがこれでもかとラーメンの上に敷かれ、その横にこれまた多めのメンマと丸々一つの味玉、極め付けにラーメンどんぶりの縁を海苔が綺麗に一周敷き詰められていた。多分正規の全部のせでもここまでの盛りはなかったのでないだろうかと思う。

そんな圧巻のラーメンをYの部屋で食べた。こってりした外見とは裏腹にスープはすっきりとしたコクのある味わい、その絶品のスープにしっかり絡み合ってくれるもちもちの中太麺、ボリュームのある厚みでしっかり味が染みているチャーシュー…どれをとっても最高だった。



それから20年近くが経った。
塾でしか接点がなかったYとはなぜかお互いの人生の節目で会うことが重なり今もたまに連絡を取ったりして関係は続いている。Yの実家のラーメン屋は何回か場所を変えながらも営業をしていた。
僕は自分の親父や祖母と行ったり、ラーメン好きの友達を連れて行ったり…
場所が変わっても頻繁とはいえないけど食べに行っていた。結婚してからも妻と一緒に行ったり、息子達が生まれてもそれなりの年齢になってからは家族4人でお邪魔していた。
妻もYの家のラーメンを好きになってくれた。長男にとっては初めてちゃんとした一人前を一人で食べきったラーメンになった。次男にとっては初めて食べたラーメンになった。

僕が小学生の頃に好きになった味を家族や友人、みんなが好きになってくれた。いろんな思い出が詰まったYのラーメン屋さん。

そんな大好きなお店がついに3月いっぱいで閉店することになったことを聞いた。
実は以前に行った時にすれ違ったお客さんが「次の3月いっぱいで店しめるんだってさ」と言っていたのを耳にしたことがあったが、信じたくなくて確認をしていなかった。

本当のことだった。

次の休みに家族みんなで行こうという話になり、息子達にラーメン屋が閉店することを伝えた。すると長男が

「じゃあさ、Yのお父さんにお手紙書こうよ。ラーメン美味しかったよってさ」

と言ってくれた。僕は「そうだね。それは良い考えだね」と返答するだけで精一杯だった。
後日、長男と手紙を用意してYのラーメン屋に行った。

親父さんは少し痩せた感じはしたがいつもと変わらず元気そうな様子だった。
僕は醤油ベースのチャーシュー麺大盛り。妻は塩ベースのチャーシュー大盛り。長男は豚骨ベースのラーメン。次男はチャーシューまぶし飯と妻の塩ラーメンを少しもらう。
このオーダーが最近のお決まりで今回も同じ内容で注文した。
最後の一滴まで飲み干した。昔から変わらない最高の味だった。

食べ終わって息子達と一緒に会計の際に手紙を渡した。
「ありがとなー!あとでゆっくり読むからなー!」
いつもと変わらず快活な親父さんだった。

車での帰り道の中、運転しているとふと、これでもう二度とあのラーメンを味わうことができないのかという気持ちが強く襲ってきた。その瞬間ぽろっと涙が出てしまった。
それを横で見ていた長男が
「お父ちゃん大丈夫?」
と心配そうにティッシュを渡してくれてもっと涙が出た。
それを見ていた妻も一緒に泣いてくれた。次男は心配そうに見てくれていた。

この時、僕にとってかけがえのない味がなくなってしまうことを実感した。

長男がそんな気持ちを汲んでくれたのか
「もう一回Yのラーメン屋さん行ってラーメン食べようよ!」
と言ってくれた。

そんな訳で二日後にもう一度行くことにした。
その日はWBCの準決勝、日本とメキシコが対戦する日だった。途中まで劣勢だった日本がなんとか押し返そうとしている中、僕たち4人はYのラーメン屋に再び訪れていた。
開店直後のお店にはすでにお客さんでいっぱいだった。外で少し待つことになり、その間に野球の試合は最終局面になっていた。店内のTV画面を見ると村上選手がバッターボックスに立っていた。
そしてあの劇的なサヨナラの場面が訪れた。外で待っていた僕らもラーメン屋の中も気がつくと「うわー‼︎」と喜びの声が漏れ出ていた。
Yの家のラーメンを最後に食べた記憶として、かなり色濃く僕ら4人の頭に刻まれたと思う。

こうして本当に最後の一杯となったラーメンはいつもとかわらない最高に美味しい味だった。ただトッピングはいつもより少しおまけがあった気がする。今回も最後の一滴までしっかり飲み干した。

Yと友達になってこのラーメンの味を知ることができて本当に良かった。
今まで本当にありがとうございました。この味は一生忘れません。僕たち4人の大切な記憶と味です。



最後までお読みいただきありがとうございました。

サポートは全て息子たちの何かしらの経験に使わせていただきます!感謝です。