見出し画像

典子伝ー『典子裏切り』ー2022/12/11

「仏界入り易く、魔界入り難し。」ああ一つの命がその事を知ったなら、もう仏界へ入ろうするよりも、魔界への道を歩むだろう。愛は活動することを望んでいる。それはどうしようもない愛の欲求なのだ。なんらの配慮もなしに、交差点の中心へと我が身を爆発させる為に、そして愛のパンと化する為に。表現する存在はプラチナの放射から線光の貫きへと、できる事は総て為さねばならない。溶解する魂。

飛び散り、星となり、またしても裏切りを完成させようとする宇宙空間に。たった一つの空間に、田表に雨。かかるおりしも典子は師への愛を唯一絶対と思い切っていた。だからタバコのつぶされる路上に雨が降り、エンリコ城への森が煙り、師の命は私の手が届かない処にある。そして師の命は私の命と重なり、つばめの羽はクロスし、二羽の天上に雨は逆降する。

師の痛みは私の痛みではないか。すみれの花を口に入れ、にがき花を噛みしめて、溶解する魂の痛みと甘きマスカットの種をかむ時、やがてむし暑い日々を過ぎ感情の糸はほぐれ、手にする物の悲しみが正当であれと叫ぶだろう。呼び入れよ、山上にありて祈る者の顔面は銀色の仮面。出かけよ、海上に生きる人々の言葉はクラゲの白き腹中に溶け入る。師の愛は神の現印と信じられるが、人間の愛は誰の愛であろうとみな神の御心に導くもの。神の手にて為されるもの。私の愛も又神の心に随うもの、決して人間界のつまらぬ欲心から出て来たものではない。手に水を掴もうとする者は先ず手を水中に入れよと、師も教えられたではないか。

いつくしみ夏は疾駆して行った。一言も酒に溶かし込む事もせず、幻覚と地学の課題によって頭上に交差するエイトスによって、光る、光る、人が来る、役人が来る、師を裁判にかける為に、政治の権力が秋の実りを与えてくれるだろう。最後には必ずどんな事があっても神の手に栄光は極光するのだから。血が流れ復活の日は来なくとも、私の心はこの季節を讃歎する。虫たちの声に送られて、街中へ進む、赤い火星の下を走る。ですから彼はあなたがたの命を奪おうと計画しているのでございます。

実は典子はそんな気持ちで言おうとしたのではないのです。かたくなに、かたくなに、それを拒否し、鉄線の上を一足進めるごとに両手でバランスをとり、まだまだ熱い。けだもののありがたさ、私の時間が消えて行く沼地にゆれる葦、まだ見ぬその場所へと過去はうなずいて行く。はっきりと言ってしまえば、私は師の言葉を信じてはいなかった。ドクダミの根を顔面に巻きつけて、美しい夕日、都の上に光る星座。雫が人の胸に流れ、頂に木の花が飛び散る。未だ来ぬ者の喜び、そして今ここに生きる事のいじらしさ、それらの暗底に沈み込めば、典子は野に痛み知る。

はまなすの茎を切る、ダイヤモンドの手を切る、典子はドアをたたいた。