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約100日後に海外遠征デビューするおっさん(たぶん)1話

1話

2023年11月1日。

その夜、仕事から帰宅した我が家は荒れに荒れていた。
それはもう「ただいま」の後にすぐ「行ってきます」と口にしそうになった程に。

原因はこれだ。

2023 TVXQ! CONCERT [20&2]
2023. 12. 30 (SAT) - 2023. 12. 31 (SUN)

夜8時。
各公式SNSを通じて世界中の東方神起ファンが待ちに待っていたデビュー20周年記念のコンサートの日程が発表された。

おっさんもロム専Xさんの通知でこのポストには気が付いていた。
そして当たり前のように、今回も嫁は参戦するんだろうな、きっと今頃浮かれながら飛行機探してるだろうと呑気に構えていたのに。

一歩我が家に足を踏み入れてみるとどうにも嫁の様子がおかしい。
ひとりぶつぶつと呟きながらスマホを握りしめリビングの床に横たわっている。横たわって、というよりは転がっている、だが。
わかりやすい落ち込んだ表現だ。不機嫌アピールも激しい。子供か。

しかし、そんなことよりおっさん腹が減っている。
一応は準備されていた食事に手をつけようとして思い出した。

「そういやずっと待ってたソウルコン発表されたやろ?飛行機もう取ったん?」

おっさん一生の不覚。
自ら火をつけた導火線は恐らく1センチにも満たなかっただろう。

普段の動きからは想像もつかない俊敏さで立ち上がった嫁は仁王立ちして叫んだ。それはもう大きな大きな声で。

「行けるわけないやろ!!!!日程ちゃんと見た???!!!12月30日、31日なんて誰が家留守に出来るねん!!」

あれ?26日ちゃうん??

今度はおっさんの方が立ち上がり首をかしげる番だった。
運転中だったのでちゃんと日程まで見ず、嫁が前々から言っていたデビュー記念日がコンサートだと勝手に思い込んでいたのだ。

蛇とマングースならぬ、怒りに震えるドラえもんに射殺さんばかりの視線を向けられ背中に嫌な汗が流れ始める地蔵おっさん。

おっさんもビギスト6年生となれば知っている。
このコンサートが東方神起ファンにとって非常に大きな意味を持つ、大切な20周年のアニバーサリーライブだということを。
嫁が26日辺りの休みを職場に何度も根回しし、まだ暑さが厳しい頃から飛行機とホテルを検索しどれだけ参戦を楽しみにしていたのかを。
そしてもしかして結構な数のビギさんが今嫁と同じ状況・・・?と。

さすがに30日、31日、年末から正月にかけて遠征が可能なビギさんは限られてくるだろう事はおっさんでも容易に想像出来る。
おっさんだってそこを留守にされるのは正直困る。両親に生活のサポートが必要な年頃で普段は嫁に頼り切っている我が家。
何でよりによって正月。

しかし目の前で半べそかいている嫁の気持ちは痛いほど解る。解るようになった自分にビギストとしての成長すら感じる。
仕方ない、ここはおっさん漢を見せてやろう。

「ええよ、パパ留守番しとくから行って来たら?」

どや、俺かっこええやろ?理解ある旦那かつビギスト同志やろ?
内心そんなことを思いつつ嫁に優しく伝えたところ。

更なる導火線はもう1ミリすら残っていなかった。

「誰が年越しそばの海老天揚げるのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

全てに濁点が付く勢いでそう叫んだ嫁はとうとう部屋に籠ってしまった。

覚えているだろうか。

昔々、日産スタジアムで

ペンライト>>>>>>>>>>>旦那

だった嫁は

揚げたて海老天>>>>>>>>>アニバーサリーライブ

と、夫としては非常に有難く、ビギスト同志としては非常に切ない判断が出来るようにバージョンアップしていた。
だてにコロナ禍を経て大きく横に成長していただけでは無かったのだ。嫁の脂肪は優しさで出来ている。きっと。

感慨にふけるおっさんをよそに怖いくらい静まり返った嫁の部屋。
部屋を覗く勇気は無いので代わりに嫁のXを開けてみた。

“留守番しとくから行ってきたら?と旦那氏に言われたのにトンヲタ人生で初めて「無理」と即答した。ドS極まりない日程からして20周年はどえらい祭りが始まる予感がする。震える。“
(嫁Xより引用)

帰宅早々大絶叫をくらい今現在震えているのはおっさんである。
しかし行けない悔しさとか寂しさとか、いろんな感情を吞み込んで(というかごまかして)精一杯強がった呟きを投稿していた嫁にうっかり絆されたおっさん。
20周年のワールドツアーは発表されていないだけであと3か所あることは知っている。

「ソウルコン諦めて正月いてくれてありがとうな。代わりにワールドツアー、好きなところに行っていいから」

扉越しにそう伝えたおっさんの言葉を、嫁がどんな表情で聞いていたか知る由もない。

ただひとつ。

この日から約100日後、おっさんの海外遠征デビューへのカウントダウンは静かに始まっていたのだった。

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