約100日後に海外遠征デビューするおっさん（たぶん）3話

3話

奇しくも“勇者ヨメ”が爆誕した翌日、アジアツアーの日程が発表された。

彼女が元から希望していたのは、台湾。
日程を見る限り日本の3連休中ではあるが特に譲れない予定も入って無さそうで一安心。

コロナ前までの数年、海外コンサートは確か公式のお高めツアーを利用していたはず。
良席確約＆グッズも予約購入できるからお値段以上なのだと何度もプレゼンされた記憶がある。
昨今の円安もあることだし、予算申請はある程度大目に見よう。
ソウルコンの参戦を諦めてもらった分、おっさん男気を見せて全力で送り出そうと心に決めていた。

しかし勇者アイテムを発見しやる気満々無双状態の嫁から出されたのはまさかの稟議だった。

え、予算これであってる？？わざわざ（※チケット代別）の注釈付いてこの金額はエグいんちゃう？？
予想をはるかに超えた金額におっさんの男気は逃走中。

稟議書とふんぞり返る嫁を交互に見比べながら頭の中は疑問符でいっぱいだ。

悪徳商法の契約を迫られているような圧、まさかおっさん嫁からぼられてる？？
家庭内ヒエラルキーは重々承知しているつもりだが、さすがに直ぐには屈することが出来ない。
深呼吸しなけなしの勇気を振り絞って尋ねてみる。

「いや、今海外旅行高いのはわかるで。でも〇△万円はちょっと高すぎるんちゃうかと思うねんけど。。」

どんな豪遊すんねん、という台詞は何とか呑み込みつつあくまで反対ではなく質問しているていは崩さない。
行くことは決定事項なのだからあとはどれだけお互い希望金額に落とし込めるか、久々の夫婦間ネゴ開始に緊張が走った。
嫁の次の一手によってはおっさんへそくりの持ち出しも覚悟しなければならない。

しかし嫁から返ってきたのは深いため息、そして、稟議書が置かれたテーブルを指で叩く音。

「よう見てみいや。ここな、×2ってなってるやろ？2人分やったらこのくらい普通やん」

はい？2人分ってどういうこと？

「何のためにペンラ2つ探したと思ってんの。休みちゃんと取ってくれたんやろね？」

・・・・成程。そうきたか。
確かにおっさんもビギストの端くれ、憧れのカシオペア先輩には未だ進化できないが海外コンサートに対し人並みの憧れはある。

だが今じゃない。おっさんこう見えて諸々クソ忙しい。

そして稟議書に書かれているのが2人分の金額なら、今回は自分は無理だと申し出ることで当初の想定予算内に収める事も可能だろう。
ハードルは若干高そうだがこれなら勝機もあるかもしれない。

「ごめん、せっか「とりあえず22日からの3泊4日ね！ちゃんと押さえて支払いももう終わってるから安心して。」」

どこに安心できる要素があるのか誰か教えてください。
そして人の話はとりあえず最後まで聞いてください、頼むから。
稟議の意味っていったい。

流石の嫁も固まったおっさんに気が付いたのか、暴挙（敢えてそう言わせて下さい）に至った理由を滔々と語り始めた。
曰く、

①このご時世必ず参戦できるという保証はない
②季節柄感染症に自分や家族が罹患する可能性もある
③そうなった時、キャンセルが出来ない公式ツアーは流石に怖い
④幸い台湾には仲良くしているカシオペアがいる
⑤ならばチケットは席さえ選り好みしなければきっと何とかなる
⑥先ずはキャンセル可な飛行機とホテルのセットを予約しよう
⑦あれ、ホテルって一人部屋より二人部屋の方が安いよね？

そうだ、観光も兼ねて旦那氏連れて行けばいいじゃん！！
私って賢い～～～～～～

だそうだ。

ホンマや！ママめっちゃ賢いやん！！

とでも言うと思ったのか。
もうどこからツッコんで良いのかわからない。ツッコんだけど。

しかも観光兼ねてと言うが、3泊4日で1日コンサート参戦であれば完全にコンサートはOPツアー扱いだ。

まさにこれぞジャイアンも真っ青な嫁イズム。
日程発表から予約までの素早さを考えると、恐らくはあの嵐の夜から密かに練られていた確信的犯行に違いない。

こうなってくるともう勝ち目は万に一も無い。
おっさんに残されたのはただ黙って受け入れるという選択肢のみだ。
目を見張る金額も2人分ならアリなんじゃね？と必死で自分に言い聞かせる。
（この後プラスで必要なチケット代を聞き、おっさんサンシャイン池崎ばりに仰け反ったのはまた別の話である）

まあもう良いか。
デビュー20周年、約5年ふりのアジアツアーに参戦できるのは光栄なことだ。
出費はかなり痛いけれどせっかくなら思い切り楽しもうじゃないか。
海外コンならでは、日本では味わえない雰囲気も魅力的だと常々嫁も言っていた。

気持ちを切り替え開き直ってから更に月日は流れ。

気づけば海外遠征デビューまで約100日どころか100時間すら切って今に至る。

「さ、それじゃパッキングしつつこないだの録画観ながら予習しよか。さすがに今回は事前情報ゼロは辛いと思うで」

自慢じゃないがおっさんコンサートは常にまっさらな状態で参戦が信条。敢えて今回の中継も観ていない。
SNSも薄目で眺めるだけなのでネタバレ何それ美味しいの？状態だ。
確かに嫁の言うように言葉も理解できない、これまでとは全く違う戦に多少の心の準備は必要だろう。

だがしかし。

ただいま2月21日23時43分。

予習を切り出すにしてもタイミングってもんがあるんじゃなかろうか。
おっさんの困惑をよそに、またしても魔窟から引きずり出されたスーツケースを開きながら嫁は言った。

これぞまさしく　　イ、チ、ヤ、ヅ、ケ　なんちゃって～～～

爆笑する嫁の向う、大画面にはステージに登場したご神体の姿が映し出されている。

果たしておっさん初の海外遠征はいったいどうなるのか。
99パーセント不安しかない、現場からは以上です。