日常の謎

いくらか前のことである

ある平日のお昼休みに、
近所のマクドナルドでハンバーガーを頬張っているとき、
ふと斜め前の席のふたりに目が行った。

彼らは向かい合って座っていて、どちらも男性だった。
ひとりはスーツを着て、髪もきっちりセットされた30代前半くらいの男、
もうひとりは、上下ジャージ姿で、髪がボサボサとした、10 代後半〜20代前半くらいの男。

ふたりは飲み物だけをテーブルの上において談笑していた。
どうやら飲み物は2つともスーツの男が買ったものらしかった。(最初にスーツの男が飲み物を2つ抱えて席に来たとき、ジャージの男が頭を下げていたので)

するとスーツの男が、いわゆるビジネスバッグから
紙の束を取り出し、目の前のジャージの男に差し出した。

そしてその紙の束をめくりながら、ジャージの男に何かを說明している。ジャージの男も、熱心にそれを聞いている。

すると、
話をあらかた聞いたジャージの男は
その紙の束の指示された箇所に印を押し始めた。

時は平日の昼間。
スーツの男は何かの営業で、ジャージの男はその顧客なのかもしれない。

しかし、それにしてはジャージの男が若すぎないか。

ジャージの男の挙動を熱心にみていると、
どうやら彼は割り印を押しているらしかった。

わたしは咄嗟に賃貸の契約書を思い浮かべた。
つい数ヶ月前に自分が、同じことをしたからだ。
たしかにそう思うと、スーツの男も不動産屋で働いていそうに見えてくる。

しかしそうなると1つの謎が浮上する。
なぜ、わざわざマクドナルドで契約書に印を押させているのか。
不動産屋ならそれぞれの支店で行えばいいし、
ほかの業種だとしてもそれもまた然りである。

なぜ彼らはわざわざ重要な"契約"という行為を
マクドナルドで行っているのか。

周りに人だっているし、
どこから誰が(たとえばわたしとか)見てるか把握しきれない。

しかも店のほぼ真ん中の席で、白昼堂々としているし。

たとえばジャージの男が実は大ヒット作を手掛けたこともある漫画家で、スーツの男は出版社に務める編集で、次回作の連載にあたっての契約を交わしている、のか。

たとえばスーツの男は保険の営業マンで、ジャージの男は保険に加入するための契約を交わしている、とか。

たとえば、スーツの男は怪しい団体の一員で、ジャージ姿の男をうまく勧誘できて、早速契約を、交わしている、など。

考えれば考えるほど謎は深まり
見るものすべてが手がかりに思えてきて
そうしてひとりでぐるぐると考えているうちに

ふたりは解散してしまった。

終わりはなんとあっさりとしたものだっただろうか。

すべての手続きが終わったのか
スーツの男は机の上に広げた契約書っぽいものを
手早くカバンにしまうと、

どうやらジャージの男に、飲み物のおかわりを聞いたようだった。
ジャージの男は首を横に振る。
するとふたりは立ち上がり、軽く会釈しあうと

さっさと別々の出入り口(別々の出入り口があるマックだった)に向かって歩き始めた。

そこにはこれからの未来をともに歩くことを誓い合う情緒もなく、契約に至った感慨深さもなかった。

スーツの男はスーツを着ているくせにたいして下に出ている感じもなく、ジャージ姿はスーツの男に遠慮している雰囲気もあった。

一体あのふたりはなにをしていたのだろう。



あれからも何度もそのマクドナルドにはいっているが
あのふたりも同じようなことをしている客にも
あったことがない

無意味に探偵のフリをして推理を繰り広げたわたしを
同席していた友人は鼻で笑った。



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