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1500円を稼ぐために6000円分の価値のある仕事をする。

 私はかつて1対2式の個別指導塾の塾講師として働いていましたが、塾講師と言えどもピンからキリまであり、私のコマ給は1500円でした。

 一見1500円と言うとそれなりに貰っているように見えます。しかし、これは「コマ給」であり、時給ではありません。私の場合、80分=1500円でした。また、思いのほか多くの時間を要する授業以外の業務(準備作業・生徒の応対)時間はコマ外であり、その分の給与はほとんど支払われません。

 そのため、これらを加味して時給に換算したら、最低賃金+α程度でした。

 そのくせ、塾講師バイトの採否は通常、面接・筆記試験という2段階で審査され、その過程で、基礎学力はもちろん、それを言語化する指導力や生徒との円滑なコミュニケーション力まで求めてきます。
 そのため、私を含め、学生の多くは塾講師は高給取りだと思っていますし、現にバイトの同期も同じような認識で働きに来ていました。

 それにも関わらず、働いてみて実質賃金は最低賃金+αと知るわけで、人間、現実が予想を下回るとどうしてもやる気が失われます。

 ゆえに、試用期間が終わって業務に慣れてくると、残念ながら、一部にテキトーに業務をこなす人も出てきます。
 具体的には、『解答・解説』をそのまま棒読みするだけだとか、突然にバイトをサボったりバックレたりするとか。

 私はというと、人に何かを教えるということが好きだったので、仕事の手を抜いてこそいないつもりだったものの、これではこき使われているようで、自分が思い描いていた塾講師像とのギャップを感じ、悶々としながら過ごしていました。

 そんなある日、年齢が3つ上の大澤さん(仮名)という気が利くバイトリーダーの方がいて、おそらく顔が曇っていたのであろう私に声をかけてくれました。

 思い切って胸の内を大澤さんに打ち明けると、思いのほかすごく共感してくれました。「塾講師がやりたいから来ているだけで、俺だって金が欲しけりゃこんなとこすぐ辞めてるよ。」、と。

 しかし、続けて、「あんまりバイト代に不満があるのだったら早く辞めた方がいい。不満タレタレの人に教わるようでは高いカネを払っている生徒さんが可哀そうだ。」

 「確かに俺たちは最低賃金に毛が生えた程度のバイト代しかもらっていない。でも、生徒さんは毎度1コマ当たり少なくとも3000円ぐらい払っているんじゃないか。そして、1対2だから6000円。」

 「かっちゃん(私)は、1コマやって1500円しかもらっていないかもしれない。でも、生徒さんたちは6000円も払っているんだよ。」、と。

 そう言われて初めて気づきました。
 確かに私がもらっているのは1500円だけ。しかし、それは上司や会社と交渉すべきものであって、お客さんには全く関係ないということ。そして、お客さんから6000円という大金を支払う価値がある授業を期待されているのですから、私もそれに見合うものを提供しなければならないということ。

 そうである以上、多くの生徒さんが塾を面倒くさく感じながら来る中、真っ先に先生が負のオーラを醸し出しているようではいけない。きっと大澤さんはそう言いたかったのだと思います。

 複雑化した現代社会において、自分自身とお客さんとの間には様々な人が介在しており、お客さんの支払額=自分自身の報酬額となることは皆無に等しいでしょう。だからといって、自分自身の仕事の手を抜いてよい理由にはならない。
 このことを大澤さんから社会人になる前に教えていただき、ほんとありがたく感じます。


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