見出し画像

【法学部の講義】そもそも刑罰を加える目的とは?刑罰の正当化理由について

 例えば、199条に「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」(殺人罪)と書かれているように、刑法典には「犯罪」とそれに対応した「刑罰」が記載されています。

 しかしながら、よくよく考えると、本来的には人に意図的に刑罰という「害悪」を加えることは犯罪であるはずです。(大量殺人犯を死刑に処した者もまた殺人罪となるはずです)

 そうだとすれば、一見犯罪とも思える人に刑罰を課す行為が、なぜ正当化されるのでしょうか。
 法律学(刑法学)的には大きく以下の3類型(応報・一般予防・特別予防)に分類して説明されます。


(1)応報:刑罰は悪行に対する報い

 1つ目は、刑罰は犯罪に対する見返りであるから正当化されるとする「応報」です。つまり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという因果応報ということです。応報はさらに以下の3類型に細分化できます。

 まず、「被害応報」です。これは、刑罰を犯罪によって被害者が受けた損害の代償とみなすことにより、正当化するものです。かかる考え方は紀元前18世紀というはるか昔から存在しており、古バビロニア王国のハンムラビ王が「ハンムラビ法典」にて「目には目を、歯には歯を」という同害復讐法の原則を定めていました。

 被害応報は加害者・被害者双方の結果の均等を図ることに刑罰の存在意義を見出すものですから、否応なく結果の大小に注目することになります。
 そのため、未遂犯に対する処罰は否定される一方で、故意犯と過失犯や、成人の責任能力者と未成年者・心神喪失者の起こした犯罪が同等に扱われることになります。
(殺人未遂は死亡という結果がないため、殺人罪の刑罰を課すことはできません。また、赤ちゃんだろうと大人だろうと包丁を投げて人を殺したら同等に重罰を受けることになります。)

 また、かかる考え方の背景に「等価交換」がありますが、加害者たる殺人犯を殺したからといって決して被害者が蘇生することはありません。専ら金銭トラブルであれば、相手の金銭的損害をその分だけお金で補填することにより、等価交換的解決が図れますが、犯罪においてはそうはいきません。

 次に、「秩序応報」です。これは、犯罪により社会秩序を乱したことに対する報いとするものです。この考え方については、社会秩序を保護すべき利益としている点でいささか全体主義的ではないかという批判や、社会秩序という概念が抽象的であるため、処罰対象が容易に広がりすぎてしまうのではないかという批判が考えられます。
(被害応報であれば、加害者に対する刑罰は被害者の損害の程度までとすることで限定がかけられていました)

 最後に、自らの意思で犯罪を犯した以上、その責任もまた自分自身で清算すべきとする「責任応報」です。端的に言えば、本説は自己責任を正当化根拠とします。
 しかしながら、責任応報に対して、自己責任の前提となる自らの意思が必ずしも観念できるのか、すなわち、社会・環境的要因も影響しているのではないか、という批判が存在します。
(例えば、貧しくて何日も食事にありつけていない子どもがコンビニでおにぎりを盗んだ場合、自らの意思より環境的要因が主因ではないでしょうか)

(2)一般予防:刑罰は一般人による犯罪防止

 2つ目は、刑罰は一般人が犯罪に出るのを防止する効果があるから正当化できるとする「一般予防」です。言い換えると、犯罪によって得られる快楽(盗んだお金)を上回る刑罰という苦痛(刑務所に入る)を用意することで、人々の犯罪を防止するというものです。

 このように、特に損得勘定に訴えかけることで犯罪を防止しようとする考え方を「消極的一般予防」といいます。
 しかしながら、刑罰の告知による犯罪抑止効果が科学的に存在するのかといった疑問(死刑になりたくて人を殺す人もいます)や抑止効果を上げるために刑罰が過度に重罰化される結果を招くのではないか(極論全ての犯罪の刑罰を死刑とすればほぼ誰も犯罪を犯さないでしょうが、、、)という批判があります。

 一方、刑罰の告知により国民の規範遵守意識が高まることで犯罪を防止できるとする考え方もあります。これを「積極的一般予防」といいます。
 本説は端的に、小学校で先生が「みんなで決めた学級目標を守って良いクラスにしようね。あ、学級目標を守らなかったら宿題増やすね」と言っているようなものです。
 その点、大人にもなって国から規範意識の「調教」を受けなけらばならないというのは権威主義的だとする批判があります。

(3)特別予防:刑罰は犯罪者による再犯防止

 3つ目は、刑罰を課すことにより犯罪者の再犯防止を図ることができるため刑罰は正当化されるとする「特別予防」です。

 特別予防はさらに2つの類型に分けられます。
 まず、犯罪者を社会から隔離することや刑罰という苦痛を課すことにより再犯を防止するという「消極的特別予防」です。
 しかし、社会からの隔離に対しては、隔離期間(拘禁期間)さえ終われば再犯をするのではないか、一方で、永久に隔離(無期拘禁)すれば再犯を防止できるものの犯罪者も社会の一員である以上、永久隔離は不当だという批判があります。
 また、苦役による防止に対しては、刑罰という苦痛を課せられたからといって一度犯罪を犯した人が再犯をしないと科学的に証明できるのかという批判があります(2021年の日本の再犯率は49.1%(讀賣))。

 次に、刑罰により犯罪者を教育して社会復帰させることができるから刑罰は正当化されるとするのが「積極的特別予防」です。
 本説は犯罪者の社会復帰を支援する点で人道的です。一方で、人それぞれ教育効果が上がるまでの時間に差がある以上、刑罰は不定期刑(刑期を定めない拘禁刑)が望ましいですが、それでは受刑者の地位をあまりに不安定にするという批判があります。
(被害額がごくわずかだった窃盗犯でも教育効果がでなければ永遠と刑務所から出られないことに、、、)

 また、積極的特別予防は犯罪者の再起更生を目的とする以上、死刑制度は観念できず、それゆえ日本の多数派たる死刑賛成派からの批判もあります。


 このようにして、犯罪を犯した者に対して刑罰を課すことができる正当化根拠を区分することができます。しかしながら、どの考え方も決定打を欠くため、絶対的な考え方は存在しません。事実、日本においてはこれらの考え方を複合的に採用しています。

 また、本トピックは大学にて「刑法総論」を学ぶ際、おそらく一番初めに教わる内容です。最初に学習する単元だけあって一番とっつきやすく感じますが、一方で、いくら考えても抜本的な解決案は思いつきません。
 そんな「犯罪の正当化根拠」という単元は入口は広く、奥は深いという魅力的な単元です。

【まとめ】
(1)応報:刑罰は悪行に対する報い
被害応報:被害者の受けた損害の代償
  ×結果で区別することの妥当性、等価交換が観念できない
秩序応報:社会秩序の騒乱に対する報い
  ×権威主義的、社会秩序の内容が抽象的
責任応報:自由意思の裏返しとしての自己責任
  ×前提となる自由意思の存在に対する疑念
(2)一般予防:刑罰は一般人による犯罪防止
消極的一般予防:損得勘定への働きかけ
  ×科学的証明の不存在、過度な重罰化
積極的一般予防:規範意識の高まり
  ×権威主義的
(3)特別予防:刑罰は犯罪者による犯罪防止
消極的特別予防:社会からの隔離・刑罰という苦痛
  ×隔離期間終了後の再犯・永久隔離、再犯率の高さ
積極的特別予防:犯罪者の社会復帰のための教育
  ×受刑者の地位が不安定、死刑存続論との対立

参考:「刑法総論」(日本評論社、第2版)松原芳博 第1章
「再犯者率」過去最悪49・1%、コロナ禍で出所者の雇用状況悪化か…犯罪白書 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)(2023/8/8)


*これは学部生が執筆した記事です。
専門的な助言を与えるものではありません。
間違え等ご指摘いただけるとありがたいです。


第5回


サポートを頂けるのも嬉しいですが、スキ・コメントをして頂けるとすごく励みになります!