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傑作BL『春を抱いていた』を紹介します

『春を抱いていた』はリブレから刊行されている新田祐克先生によるBL漫画です。

20年を超える長期連載を経て、2020年6月に完結巻が発売されました。

『春を抱いていた』全14巻(便宜上無印と呼びます)
『春を抱いていた ALIVE』全6巻

BL作品としては数少ない長編です。

ドラマCDやOVA(本編と派生作品の2種)も発売されていて、長年のBL好きならば読んだことはなくても聞いたことはある作品ではないでしょうか。

わたしも長年ファンで、骨太の作品だとは思っていたのですが完結巻を読んで、あまりのことに全巻電子で再購入して読み直したところです。

これはもっと色んな人に読まれて欲しい。
その気持ちからこの記事を書き始めました。

『春を抱いていた』という作品の始まりはこうです。

女流作家・佐和渚のヒット作『春を抱いていた』が、作家自身の手によりミニシアター向けのインディーズ映画化されることになりました。

小説はAV男優のふたりが、女性(女優)との嘘のセックスに疲れて男性との行為に愛を見出していく…というストーリー。

この映画のオーディションに招かれるのが主人公の香藤洋二と岩城京介です。

ふたりは女性に人気のAV男優として活躍中で、作品にリアリティを求めた佐和の指名で招集されました。

オーディションの内容は、なんとセックス。
佐和の目の前で行為に及び、その内容如何で片方を採用するというのです。

プライドから反発する岩城に対して、チャンスをモノする気はないのかと挑発する香藤。

ふたりは役を得るために心の伴わない肉体関係を結びます。

結局選ばれたひとりが映画に出演し、映画は想定以上の結果を残しました。その人気を受けてTVドラマ版の制作が決定し、今度は二人が揃って恋人役として出演することになります。

元々俳優を志していた岩城は、AVであっても演技というものに真摯に向き合う生真面目さを持ち、それ故に柔軟性に欠けて頑なな人間です。

一方香藤は、恵まれた容姿と生来の器用さや柔軟さで挫折を知らない代わりに目標もなく生きてきたタイプです。

そんな香藤は岩城の真摯な態度に惹かれていきます。

香藤のアプローチに対して岩城は役の感情に引っ張られているだけで本当の気持ちではないと否定します。

どうしても、と岩城を求める香藤に、自分が好きならば抱くのではなくて女のように自分を誘ってみろと突き放すのですがーー…。

以上が1巻の内容です。

BLといえば攻受は重要なポイントなのですが、このふたりに関しては攻めることにも受けることにも彼らの中に明確な意味があるので、簡単に表現できないというのが私見です。

とはいえ、攻受がわからないと読めない方も多いと思いますので…岩城受メインのリバになります。

ふたりはドラマ『春を抱いていた』をきっかけに、スキャンダルをも利用して俳優として成功していくのですが、恋愛を通じて人間として開花していく様にくわえ、ふたりの仕事に対する向き合い方や仕事を通じての成長や、恋人でありながら同業のライバルとしての切磋琢磨、家族との確執、様々な試練を乗り越えていく様子はまさにヒューマンドラマと呼んで過言ありません。

***
『春を抱いていた』の世界観は現実に即しています。
BLファンタジー的が要素は少ないかわりにLGBT問題を抱えています。

そもそもヘテロ男性であるふたりは結果として相手を求める感情に性欲を伴ったので恋人という関係になるのですが、もしここに性欲が生まれなければ、香藤と岩城はかたい友情関係だったかもしれません。それはそれで素敵な関係を築いたことでしょう。

作品が発表された当初はLGBTという言葉はまだ日本に浸透してはいませんでしたし、今よりもずっと生きにくい時代です。

作中でふたりは石を投げられるようなあからさまなゲイ差別を受ける場面はありませんが、同性カップルの芸能人であるために良くも悪くも好奇の目に晒されます。

そうした世界で香藤と岩城は文字通り病める時も健やかなるときも互いに支え合い生きていくのです。
***


新刊が出るたびに傑作・名作だとは常々感じていましたが…やはり完結したことと、ふたりが迎えた終幕を読んで、今までふたりが辿ってきた道筋の総てが本当に大切で意味のある時間だったのだということが改めて思い知らされました。

最終巻を読んだ第一声。

春抱きの最終巻が壮大すぎて放心している。

少々ネタバレにもなりますが、人生を描ききる物語なので…

春抱きはBLを読むというよりはもう、岩城さんと香藤の人生を追うものだったし、生きていれば人はいつか死ぬので、まぁ、そうなんですが、なんかこう、読者としてというより知人が亡くなったって気持ちが強いな…

読み終えてじわじわ色々な感情が湧き上がりました。

大河BLって呼ばれてたけど、本当に大河だったな…………ひとときの恋愛模様じゃなくて人生を見せてもらったよ、春抱き………
すげぇ淋しい。泣いてる。
なんだ、推しが死んでも推しの絵にダメージは受けないけど、春抱きのふたりは心臓に来るな。キャラじゃなくて知人を亡くした気持ちなんだよな……しんどい………

自分が『春抱き』という作品に何故ここまでの魅力を感じるのか。

春抱きはBLだけど、性別関係なく人間と人間の理想のパートナー関係を見せてくれた。大事な人を大事に思うことで人間は変わって行くのだなと。作中にもあったけど、お互いの魂がぴったり合わさるようにぶつかって削ってふたりになったっていう。

伏線もすごかった。

ラストを知ったうえで読み直すと、なんて恐ろしいものを読んでいたんだろうな、春抱き……無印4巻ですでに、そうか……

自キャラの将来については考えてないけど生死は決めているっていうツイを見かけた時に感じたこと。

春抱き周回中のワイ、死ぬにしても死ぬまでの人生を描き上げることの尊さとパワーを浴びまくっているし、そこまでするとキャラはキャラではなく人格を持った一個人として存在し得ることを知ってしまった。

今読み返してみると、当時は未経験の状況下で描かれていたにも関わらず、心理描写が恐ろしくリアルだった。

春抱きを今から読む人には、震災のシーンは東日本大震災より3年以上前に描かれたものだということがわかりにくいのだな………。


思いを抑えきれずつらつら書いてしまいましたが、わたしの説明よりも百聞は一見にしかずです。

7/9(木)までコミックシーモアで1〜3巻が無料で読めるので、是非お試しいただきたい。

ちなみに同じく7/9(木)までパック料金も割引で、全巻買っても9000円でおつりがきます。

様々なBL作品を楽しんでいますが、心を揺さぶられる経験をしたのは『春を抱いていた』だけかもしれません。

読んでみてください。



※7/5に***〜***を追記しました

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