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狐につままれたような話

慣れない街で、したたかに酔っ払ってしまった。右も左もよく分からぬ中で、カレーのCoCo壱番屋の外に掲げられている、デカデカとしたお持ち帰りメニューの看板のところを、二人でぐいっと曲がったところまでは覚えている。あれよあれよという間に、見知らぬ道に出て、先ほどまでの大いに賑わっていた界隈とは、明らかに雰囲気が違うところに出てしまった。

会話をすることもはばかられるような、ひっそりとした住宅街。道は登り坂で、なぜか眼下には池のような沼のような、得体の知れない水場も見えるけれども、暗くてどうにもこうにもどこにいるのかさっぱり分からない。遠くの下の方には、民家の明かりもちらほらしている。飲み屋が並んでいた繁華街からほんの5分ほど歩いた場所とは到底思えなかった。

夫の誕生日祝いを兼ねて、急に思い立って仙台にきていた。新幹線でほんの40分ほどだけれども、私たちが住んでいる街よりは明らかに都会で、明らかに飲み屋も多く、飲んべえの私たち夫婦にとっては定期的に飲むためだけに来る街なのだ。新幹線に乗る前から、駅の立ち飲み屋で威勢良くハイボールを数杯流し込んで、新幹線の中でもチューハイを飲み続けた。誕生日だからと言って、塩釜に本店のある有名なお寿司屋さんに入って、日本酒を飲みながら存分にうまい寿司を食べた。閖上産の赤貝と言うのを初めて食べて、あまりの美味しさにお代わりをした。

そこから勢いがついたのがまずかった。国分町までフラフラと言って、変な中華料理店で小籠包と春巻きとザーサイを食べた。確か随分と具沢山なスープも飲んだはずだ。この辺りで私のスマートフォンの充電がなくなり、時間の感覚も曖昧になってしまった。そこからまたぐるぐると歩き回り、なんとか横丁というところを入ったら、奥まったところにガラス張りのバーを見つけた。バーの外では、酔っ払ったおじさま方が、一緒にいたはずの誰か一人がいなくなったと、騒いでいた。すでに私たちは上機嫌で、また店内でかかっている曲がなんともツボな選曲で、すっかりそこの店主と盛り上がってしまったのだ。

そのバーは、シーシャという水タバコを置いているバーで、私にとって水タバコはとても馴染みのあるものだった。大学生の時に付き合っていた人が、よく吸っていたからだ。あまりの珍しさと懐かしさで、夫婦でライム味のシーシャを試しながら、マルガリータとシングルモルトを飲み続けて、音楽に合わせて歌っていた。そのバーにどのくらい滞在したのかも、よく分からない。バーの外に出てからもなお、飲み続けるつもりだった私たちは、その並びにあった飲み屋の看板の『Steppers』の文字を見て、音楽談義をしていた。すると、飲み屋が立ち並ぶ路地から、小動物のように子供たちが4、5人飛び出してじゃれあっている。「こんな時間に子供がいるのね、狐でも化けているのかしら」と言っていた。

そこから、どういう訳だか、こっちだったはずと向かった数時間前にチェックインしたホテルにはたどり着かず、延々と道に迷ってる訳なのだ。私のスマートフォンはとうに電源が切れていて(こんなことは滅多にない)、頼りになるのはバッテリーが残り10%しかない夫のスマートフォンのみだ。地図アプリを開いて調べると、近づいているはずだった宿泊先のホテルは、どう言うわけだかまだ徒歩で15分かかる。たまに地図アプリを開いては閉じて、バッテリーを節約しながら進んだ。来た時とはまた違う道を通っているようで、いよいよ訳が分からなくなってきた。

海外に行っても鉄壁の方向感覚を誇る夫も、なぜだか方向が全く分からなくなってしまってい、オフィス街のようなビルの間のしんと静かな道路を歩いた。カレーのCoCo壱番屋の看板をまた見つけたけれども、仙台は似たようなアーケードがいくつもあって、同じ店なのかすら分からない。いよいよ不安になってきたあたりで、なんとか横丁という文字が見えた。「仙台って横丁って名前がつくところ、多いよね」とのんきに夫が言ってる時に、視界の端に、『Steppers』と書かれた看板が飛び込んできたのだ。その文字を見て、背中がぞっとした。30分かけて、なぜかまた、同じ路地に戻ってきてしまったのだった。

30分前と変わらず賑わっている横丁とじゃれあっている子供たちを見て、私たちは一体どこをさまよっていたのかと、感覚が遠くなるような気がした。そこからやっと、ホテルに向かう正しい路地を見つけて、やっと見覚えのある界隈にたどり着いた。ホテルの脇にある、たいして美味しくない餃子屋の、たいして美味しくない餃子をつつきながら、私たちは飲み直した。自分たちの身に起こったことを、一度整理しないと、収まりがつかなかったのだ。結局のところ収まりはつかないけれども、比喩でもたとえでもなく、やはり狐につままれた、ということだよね、と夫婦で納得するしかなかった。


※こちらは、以前に投稿した記事を「cakesコンテスト」用に再投稿したものです。

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