見出し画像

明日の朝になったなら #2

深夜2時

私は彼と布団を分け合いながら、壁に背もたれていた。彼は私を横で見ながら、毛布を肩までかけている。
天井はまだ暗い。ぼんやりと取り付いている電灯は、消えかけている新月のよう。
「寒くない?」
私は彼に聞いた。
「大丈夫。ありがと」
彼はあぐらから体育座りになり、私の頭を撫でていた。
「久しぶりだね。それ」
「何となく思い出して」
彼はいつも、眠る私の頭をよく撫でていた。私が撫でられるのが好きなことを知っているからだ。そうすると私も、彼の背中を優しく叩いてあげる。お互いが安心して眠れる動作。
「でも今夜は、私が寝かせる番だよ」
「寝かせる番ってなんだよ」
彼はくすくす微笑んだ。私もつられて笑う。
「何日も寝てない夜更かしさんを寝かせる係なの」
「誰の事言ってんの?」
私は彼の背中に手を回し、小さくポンポンと背中を叩いた。彼はゆらゆらと揺れるも、変わらずに私を見ている。
「私ね、今幸せなの」
私は背中を叩きながら、彼に言った。
彼はそのセリフを聞いて、少し顔が曇った。
「…そうなの?」
悲しそうな目。まだあの日の悲しみを、完全に拭いきれていないように見える。
私は深く頷いた。
「何で幸せか分かる?」
彼は首を小さく横に振る。
私は反対の手で彼の手を握る。
「私を思ってくれてるから」
私は彼の耳元に答えた。彼はきょとんとしたまま。
「傍にいてくれてるから」
私はさらに彼に近付いて寄り添った。彼のがっちりとした骨格と、ゆっくりとテンポを刻む鼓動が伝わった。
「…それだけなの?」
彼はぼそっと不満気に言った。
「それだけだよ。それだけで十分」
「なんで?」
彼はまだ分からない様子。私は続ける。
「ハルくんと出会ってから、毎日何か特別になっていったんだ。何気ない日が、こう、あったかいな〜って。ほら、この手みたいに」
私はほぐれて温かくなった彼の手を目の前に持ち上げた。こうして見ると、改めて彼の手の厚さと大きさに、自分が女の手を持っていることを再確認する。
「…何それ」
彼がそう零した。しかし、その顔は微笑んでいる。仄暗い部屋でも、それははっきりと見えて分かった。
「とにかく、私はハルくんと出会ってから、毎日が変わった。もっと一日一日を、大切に生きられるようになったの」
「…それ以前は違ったの?」
「うん…。違った」
彼の問いに、私の脳裏に蘇る記憶があった。
「やめだやめだ。聞かないよ」
話すと雰囲気が重くなるのを察したのか、彼は遮るようにそう言った。
「今が楽しいなら、それが一番じゃない」
彼が私に笑いかけ、頬杖を作る。
「うん。そうだね」
私もすぐに微笑み返し、記憶を奥底に沈めて蓋をした。
「でもそっかぁ、俺ってちゃんと幸せに出来てたんだ」
彼がぼんやりと天井を見上げながら言った。
「でもね、貰ってる幸せの量なら、俺の方が上だと思うなぁ」
「そうなの?」
「うん。多分俺は、世界一の幸せ者だよ」
そう言うと、今度は彼が私の手を握ってきた。大きくて厚い二枚の手が、私の細くて小さな手の平を挟み込む。厚い手だが、その力は赤子に触れるように丁寧で、優しかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?