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あなたはあなたのままがいい 第2話「風見遥斗 2」

始まった父との共同生活、それはこれまでとガラリと変わった重苦しいものだった。
まず、父がまっすぐ家に帰ることはなかった。いつ帰っているのかは分からないが、俺が目覚めた朝にはリビングにあるソファに着の身着のままで打っ伏している。恐らく、夜中か明け方か、その辺りに帰っているんだろう。
(…コイツ)
俺は死んだ魚みたいに口を開けた父を放って学校へいく準備をし、整えるとパンを焼いて紅茶を淹れた。
俺は母親の影響で紅茶が好きだった。色んな種類の味を味わってきたが、一番なのは母親と同じのジャスミン茶だった。甘い香りが鼻を通っていくと同時に、温かい茶が喉を始めに身体全体に温度をくれる。そんなジャスミン茶が大好きだった。
朝食を食べ終えて歯を磨き、ドアノブに手をかけた時、父が俺に声をかけてきた。
「俺の飯は?」
「は?」
「俺のはねえのか?」
俺は思考が止まった。さすがに朝食くらい、自分で作れるだろうと思っていた。しかし飛んできたこのセリフ。
俺は返事に時間がかかった。
「…いや、俺学校行くし…」
遅刻することを心配した俺は、そう言って外に出ようと思った。
しかし、父はこう言った。
「じゃあ夕飯も作らねえぞ?」
「……」
それは困る。
事前に把握していた事だが、今の俺の家には食材がない。買いに行こうにも、俺の小遣い程度では買えてコンビニ弁当辺りが限界。
つまり、今日の夕飯のことを考えると、おとなしく言うことを聞いたほうがいいということらしい。
「…分かった」
俺は渋々、父の分の朝食を作り始めた。

間に合えと全力疾走で学校へ向かったが、結局十五分近く遅刻してしまった。
(あのクソジジイ……)
俺はこみ上げる怒りを抑えるために、舌先を噛んでいた。本来なら間に合ったはずだった。その計画をみごとに邪魔された。
先生には、離婚後ということで色々大変だろうと咎めることはしなかった。だが、俺の気持ちがそれで収まることはなかった。
「はあぁぁぁ…、あの野郎が…」
「そいつは災難だったなぁ。まあ元気出せよ。先生も寛容に聞いてくれたんだろ?」
「まあそうだけどさあ…」
「落ち込むなって。今度欲しがってた裏ビデオあげるからさ!」
そう言うのは、俺の小学校の頃からの縁である友人の香取仙助。俺と幾度となくバカをやってきた間柄で、コイツとの失敗や思い出は多い。
「今のネット時代に裏ビデオかよ…?」
「お前欲しがってたじゃ~ん!」
「まぁ、欲しいとは言ったけども」
「だろぉ~?」
「でもどこで見るんよ?」
「そりゃあお前んとこで」
「馬鹿かてめえ!?」
「ははははは冗談だよっ」
仙助は笑いながら、隠し持ってきていたチョコボ―ルをひとつ食べた。もし見つかれば、没収に加えて反省文は必至だろう。仙助はこういう変なところで度胸がある奴でもある。
「お前は相変わらずそれ好きだよなぁ」
「おうよ。お前も食うか?」
「バレたら仲良く反省文だけどな」
俺は気持ちが落ち込んでいたのもあり、ひとつもらって口に放った。甘ったるいチョコが、気がつくと口の中で砕けていて、すぐに口からいなくなった。
「けへへ。お前も悪いなぁ」
「はぁ?そんなクソ真面目に生きた覚えはねーよ。てか、今更すぎるよなそれ」
「けははははは!」
朝の件は気が重かった。だから今日は上手くいかないんだと思っていた。
けれど、こうしてバカだけど笑わせてくれるヤツが横にいるっていう時間が、家族なんてちっさいものだぜって、笑いかけてくれていた。


次回 第三話 「風見遥斗 3」
6月1日

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