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おふとんみたいな恋人



noteで恋人の好きなところの話をするのって、許されてますか?すごくこころが疲弊してる毎日の中で、おふとんみたいな役割をしてくれてる恋人の話をnoteに残そうかな~と思います
つらいことしんどいこと沢山の今、あえてこういうあたたかいきもちを言葉にしたい気分。🪿



だれかを好きになること、だれかに好いてもらうことが強烈に怖かった私がこんなnoteを残すなんて、1年前はとても考えられなかったなって思います。
好きって感情がまだ自分にあって良かったし、あのときそれを諦めなかった自分を褒めてあげたい!


彼は雰囲気はなんとなく私と似ていて、でも性格は真反対な人。
何ごともベストでなければと思い込む私と「ベストよりベター」が座右の銘な彼(これめちゃくちゃ個人的に好き)、悲観的で慎重派な私と楽観的で何とかなる精神の彼。かしこくて、言葉選びが丁寧で、説明をするのが上手で、穏やかであたたかくて芯のある人!あと私のツボ。おもろい。


こころを許した人の前では感情の起伏が激しい自分にとっては、いつでも同じ穏やかな雰囲気を纏っている彼の存在がすごくありがたくて、いっしょにいるだけでほっと一息つけるような、やっぱりお布団みたいな人だな~て思います。彼氏にならうまく甘えられる自分を自覚している感じ。



「おふとんみたいな人」って私が目指す人物像のひとつでもあって、いつだってあたたかな愛や居心地のよさを受け渡せる人でありたいと思った時期があって。
でもおふとんみたいな人ってすごくむずかしい。
自分をうまく分かっていて、付き合えている人じゃないのむずかしいと思う。


ノープランをノープランなりに楽しもうとしてくれるところ、ゆっくり美術館を巡っていても違和感がないところ、卑屈な私が「褒め」をうまく受け止められるようにするのがじょうずなところ、出先で急に体調を崩してしまう悔しさを汲み取ってくれるところ、愛情表現がすごくまっすぐで、言葉も行動もそれに満ちているのが見ていてわかるところ、


挙げ始めたらきりがないくらい、素敵なんです、いいのかなって思うくらい素敵。


私ばっかり好きなんじゃないかとか、私のわがままが彼の負担になっているんじゃないかとか、そういうことを考えて泣きたくなる夜ももちろんあって、


でもそういうときに「お互いがお互いのことを考えて、喜んでもらおうとか楽しんでもらおうとか考えるならだいじょうぶ!」って言ってくれたのを思い出すことにしている。いい考え方だなと思う。



私は彼が、私のことを考えて動いてくれているのを感じているし、私が彼を思いやらなくなる瞬間もないと思う。
それが自明なのだから、きっとだいじょうぶ、と思い直せるようになってきた。



こんなにあたたかい人と出会えて良かったなと思うし、私を選んでくれたからには世界一たいせつにしたいし、幸せになってほしい。
頼りないこともたくさんあるだろうし、春からは環境が変わってうまくいかないこともあるだろうけど、どうかお互いを想う根本が変わらないでいますように。



好きでいてもらう努力を、すきだと既に分かっている相手にすることの幸せ、噛み締めて迎えたい来年度🌱




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