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小江戸へ参る。

本日はふたりで川越観光へ。
先に着いた私はのろのろと喫煙所へ向かう。陸の孤島みたいなロータリーに囲まれた場所で、彼を待ちながら煙草を二本吸った。
生憎の天気で、空は真っ白でぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。傘を取り出すか悩みながら、彼が着いたという連絡を見て改札へ向かった。

彼と合流して、再びの喫煙所。
雨が止むといいのだけれどと話すと「どうせ晴れるだろう」と笑う晴れ男の彼。
浴衣をレンタル出来るお店へ向かう道中も降る雨。止んでくれるだろうか。

お店へ着いたら、受付を済ませて浴衣を選ぶ。男性用のバリエーションは豊富とは言えなかったが、彼が何度も手を取るそれは「きっとそれが好きだろうし、似合うよね。」と頷いて鏡の前の彼に合わせてみて即決となった。

次に私の浴衣選びだが、驚くくらいに種類が多くて選ぶだけで一苦労だ。彼が一緒に選んでくれて、これかなあれかなとやるうちに、彼が似合うと思うものを選んでくれることになった。
嬉々として選ぶ姿がいじらしくて、微笑ましく思いながら眺めた。「きっとあなたにはこの色が似合うと思うんだよ」ってにこにこしながら私に合わせては唸る彼が可愛くて仕方なかった。

生成地に黒や様々な色の柄が入ったものと、白地にオレンジ色の花が映えるものまで絞られて来たが、悩ましくて決まらない。
店員の女性が「並んでみると、こんな感じですよ」と二人の浴衣を並べてくれて、その時の印象もあって白地にオレンジの花が咲くそれに決めた。

決まったら、早速着付けへ。別室へ移動して、なかなか広々としたスペースで服を脱いで下着姿。なんとも違和感。襦袢を身に纏ったら、先程の浴衣を羽織る。着物は背が低くても上げてしまえるからいいよねなんて思いつつ、手際良く着付けを進める店員さんと雑談。帯はどうしますか?と聞かれて、この浴衣に似合うのは何色だろうかと考える。おすすめを伺うと浴衣に使われているオレンジや青色かなあと、三つほど見繕ってくれ、合わせてくれた。三つ目の帯が、綺麗なブルーで、裏地は黄色。すごく好みだ。合わせて見れば、またそれが映える。裏地の黄色も出るように留めて貰い、帯飾りも付けてもらう。髪も軽く三つ編みを作って貰い、そこにオレンジと白いお花を添えてもらった。

巾着に貴重品を移して、待合室に戻れば既に着付けを終えた彼が待っていた。「やっぱり似合う」と笑いながら、こちらを見る目が優しくて嬉しそうでたまらない。そして何より、彼が格好良くてたまらない。抱きついて押し倒して舐め回したい衝動を堪えつつ、店員さんから観光についての案内やシステムの説明を受けた。

草履に履き替え、歩きづらさに笑いながら外へ。雨が止んでいる。「ほら」って笑う彼が眩しくて、一緒に笑った。

さて、いざ観光と思いきや、ふたりとも一服したくて仕方ない。慣れないことをして、一息つきたい気持ちだ。近くの喫煙所を探して、ベンチに腰掛けてゆっくりと煙草を楽しむ。慣れない草履は、既になんとなく足が痛い。これで一日大丈夫だろうかと薄ら不安になりつつ、ようやく観光開始。

蔵造りの街並みを見に行こうと、ゆっくりそこへ道中、誇らしげな八咫烏マークの熊野神社。ふらりと誘われて境内をぶらりと一周した。帰りがけに、参道で悲鳴を上げるお姉さん、すいすい歩く連れのお姉さんが目に留まる。

足踏み健康ロードなる、石造りの足裏刺激が出来る参道が中央の参道を挟んで左右にあるのだ。ふたりで眺めて「痛そうだねぇ」って笑っていると、激痛に喘ぐお姉さんが「やらないんですか!!?」と。

ふたりともそう言われるとつい乗ってしまう性格。彼は黒い足袋のまま、私は白い足袋を汚してはと素足で参戦。意外とすいすい歩く彼、時たま大声で呻きつつも歩き切る。私ですか?私ね、久しぶりに脂汗をかきました。痛い通り越して辛い。着飾った格好で、暑い中わざわざこんな痛い思いして、一体私は何をしてるんだ?と我に返りそうなくらい痛かった。

しかし、足つぼの効果は絶大で。そこを歩き切ったあと、改めて草履を履くと足が痛くない。慣れない草履を履いた疲労感もなくなって、ふたりで「すごいなあ」と感心しながらすいすい進む。

蔵造りの街並みは、懐かしさと新しさが混在していた。雑貨に鞄屋、刃物屋に看板屋、陶器に箸、土産物屋等々。食べ歩けるお店も多くて、誘惑だらけだ。

歩きながら思ったけれど、景観を維持するのは大変なこと。建物だけでなくて、その地域にいる人たちの努力で成り立っているんだよなあと。それなりの時間、川越にいたけれど、落ちている煙草の吸殻や、ごみを見かけなかった。観光地ってどうしても雑然として散らかりがちなのにね。綺麗に保たれていると、綺麗に使わねばという意識も生まれてよい循環になるものね、と感心していた。

歩きながら、差してきた日差しにやられながら見上げた時の鐘。すぐ隣の売店でハートの最中が乗ったソフトクリームを揃って食べながら冷たさと甘さに癒される。最初からいきなり一口でハートの最中を食べるから少しおかしくて笑った。

芯が少し冷えたら、また散策再開。帆布を扱うお店で、彼の好きそうな色味の鞄を見つけて「好きだよね?」「うわあ、これ好き」なんて会話を交わしながら、互いの好みを知っていることを嬉しく思う。それだけ色んな話をしてきたんだな、と。

目当ての神社に行く前に、菓子屋横丁に寄る。はるか昔に来たことがあるはずだが、あまり覚えていない。こんな雰囲気だったかなと思いつつ、こじんまりとした商店を眺め、長い麩菓子が欲しくなりつつも持って歩くのは恥ずかし過ぎるので諦めた。もういい大人だから、ぐっと我慢。

そこからてくてくと歩いて歩いて、街中を散策。硝子細工のお店をゆっくり眺めて、綺麗だなとしばし見とれた。そのお店の金魚の硝子細工が欲しくなった。いつかの機会の楽しみにとっておこう。

さて、そろそろお腹も少し空いてきて、一休みしたい気持ち。行ってみたかったカフェの金魚亭に伺うことにする。店先には金魚のモチーフのものがたくさん飾られていて愛らしい。店内の大きな水槽で泳ぐ琉金たちが涼やかだ。ここは底砂を引かない、ベアタンク水槽なのか、管理が楽になるから私もベアタンクは好きだ。大きいフィルターが回っているから微生物はそこに定着するだろうし充分かなあ、などと思いつつぼんやり。

私は金魚の形のゼリーが入った愛らしいドリンクと、夏らしく冷製のすだちうどん。彼はスライスされたトマトがのったイタリアンな冷製トマトうどん。ふたりで冷たい麺を啜りつつ、美味しいねと笑ってほっと一息。外の暑さを忘れて、身体が芯から冷やされた。

さて、すっかり草履で歩くのもすっかり慣れて板についてきた。次はいちばん行きたかった氷川神社へ向かう。ここの風鈴が有名で、以前にSNSで見かけて綺麗だなとずっと気になっていた。
着いてすぐ、神社の鳥居の辺りにも風鈴が風で踊り、  皆が上を見上げる。多分に漏れず私達も。ゆっくりと境内に進めば、あちらこちらに風鈴が泳いでいる。ふたりで来れたことや同じものを綺麗だと眺めることが出来ることに感謝しながら、ゆっくりと見て回る。賽銭を入れて、手を合わせて目を瞑る彼はなにを祈ったんだろう。私は、彼とこうやって過ごせることへの感謝と、これからも長く続けて行きたいということと、家族や自身の健康こと、かな。

バスで氷川神社を後にして、街中へ戻る。地理をいまいち掴みきれない私は、しっかり理解している彼についていく。方向音痴ではないと思っていたけど、土地勘がない場所ではすっかり方向音痴のようだ。こういう時の彼はすごく頼もしくて、尊敬する。あと、いつもだけれど格好良い。

ぶらぶらと土産を眺め、少し手土産を買い、それから再び着物のレンタル店へ。一日着た着物たちとお別れして、洋服へ着替えるとなんだかほっとするような変な感覚。お世話になった朗らかな店員さんたちに挨拶をして靴を履くと、包まれるような安心感。彼が「靴ってすごい」と何度も繰り返して感動しているのを見て、分かるよって笑った。

今日は、一日を通して彼がいつもにも増して、たくさん写真を撮ってくれた。少し照れくさいけれど、はしゃぐ私をたくさん残してくれた。
もともと、写真は得意じゃなくて笑顔の写真なんてろくに無いふたりなのに、アルバムには笑った顔が増えていく。

喫煙所でふたり並んでのんびりと煙草を吸いながら、今日一日に思いを馳せる。楽しかったね、楽しかったよって。目で、言葉で、態度で、伝え合う。

いつもそうなんだ、お互いに全身で嬉しい楽しい幸せを共有している。口先の言葉だけ、とかそんなことがない。

辛い、悲しいにも全力で寄り添ってくれるし、寄り添いたい。打算的な部分なんてなくて、ただこの人の傍にいたいだとか、力になりたいとか、この溢れてどうしようもない、手に負えない愛情をぶつけてしまいたい。それを受け取れなくて溺れていても更に注ぐから、ふたりとも自分勝手ではある。でも、その勝手さが心地よい。

だからさ、これからも溺れておくれ。
私も溺れたい。ずっと、どうかこのまま。
そんなことを改めて実感する一日。
素敵な時間をくれて、本当にありがとう。

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