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見えなくてもわからなくても

社会人になって三度目の春がやってきた。桜はもうほとんど散ってしまっているし気温もイマイチ安定しないしやたら雨が多い。今まででいちばんとっ散らかった春。
漠然と思い描いていた社会人3年目の姿と職場のトイレの鏡に映る自分は驚くほどかけ離れていた。もう少しキリッとした顔つきになると思ってたのに、バリバリ仕事ができて尊敬されるような社会人に多少は近づけると思っていたのに。20歳になって数ヶ月経つけど、未だなにひとつ大人になれない自分に愕然とするばかりだ。

この間の日曜日、高校の友達と会った。前回会った時は二人とも高校生が抜け切っていなかったけれど、2年ぶりに会う彼女は少し大人の顔つきになっていて、そして疲れているようだった。
開店時間ピッタリにお店に入るといらっしゃいませーと元気な声が飛んできた。高校の時よく利用していた駅の近くのお鍋屋さん。お互いの通学ルート上にあったため、元々は高校3年生の時にここでご飯を食べる約束をしていた。けれど年明けから再びコロナが流行り出し、学年でも感染者が出たため二週間ほど休校となり、最終的に親からのストップが入ってしまったため結局行けないまま卒業してしまった。
「じゃーんこれ可愛いでしょ」
注文した料理を待っていると、友達が淡いピンク色の綺麗な爪を見せてくれた。いま人気のジェルネイルらしい。
「そうそれずっと気になってたんだよねぇ、自分でやったの?」
「そう!!私ネイルチップ作るのも好きなんだぁ、みーちゃんにも作りたい」
みーちゃん、高校の頃だけの呼び名。一気にあの頃に引き戻される。
「え、いいの!?9月に現場あるしそれ用で作ってもらおっかな〜、まあまだ応募も始まってないんだけどね」
コロナ禍ど真ん中、制限だらけの生活。小さな楽しみも大きなイベント事もなにもかもが消えていった。特に修学旅行が中止になったのは本当に残念だ。入学前から初飛行機だ沖縄だとワクワクしていたため、今でも思い出す度悔しくなる。
彼女と同じクラスだった高校1年生がコロナ前だったのが救いだ。
「高1の時にさ、ほらなんだっけ………おかげ庵!みんなでおかげ庵行ってさ、その後近くの公園行ったよね、日も落ちて真っ暗な中」
「覚えてる覚えてる、冒険だったよねあれ」
「めっちゃ楽しかったなあ……懐かしいね」
懐かしい、口にする度にあの頃がどんどん遠のいていく。先に言われるのが怖くて思わず自分が使ってしまった。慌てて「懐かしいに変わってくの嫌だね」と付け足した。このまま懐かしいね、だけで終わりにするのは嫌だった。
友達は仕事が辛いとこぼしていた。同い年の大学生の子達がキラキラしてて眩しくて、自分と比況して苦しくなってしまうらしい。まさしく1年目の頃のわたしだった。
高校と逆方面の電車に乗って職場まで歩く長い道のりが、まるで毎日絶望に向かって歩いているようで苦しかった。わたしにとって高校生活は夢や憧れが叶った時間でもあったし、この先もずっとずっと一緒にいたいと思える人たちとたくさん出会えた場だった。多少美化している部分があるのは否定しないけど、それでも大切な時間だった。
だからこそ、その次のステップにあたる大事な選択を間違えてしまったのかもしれないと思うと頭の中が真っ白になった。後悔と焦燥感で息もできないほど苦しくなる。あの気持ちの乗り越え方の正解は今でもわからない。
今でも時々思う。もし進学してたら今頃どんな生活を送っていたか、どんな大学生になっていたか、どんな人と出会ってどんな価値観や感性を持っていたか。もはやわたしじゃない、赤の他人の話だ。タラレバを並べたところで現状は何も変わらないのはもう痛いほどわかっている。
かける言葉の正解がわからないまま相槌を打ち、ビールを飲んだ。まだビールを美味しいとまでは思えていないけれど、辛いものとの相性が抜群らしくわたしにしては珍しくペースが早い。実はわたし転職しようと思ってて、と打ち明けると驚いていた。絶対に地元を出ていく、という気持ちはもう夢というよりむしろ野望に近い気がする。
「なんていうかさ、未来が見えないんだよね。半年先すらもわからない」
流石に暗すぎたかと思って顔を上げたが、友達も「わかる」と小さくつぶやいて鍋をつついていた。
未来が見えない、わからない。このままでいいのかと焦るばかりで何から手をつけていいのか、何から行動を起こしていけばいいのかと迷うばかりで結局何も変えられないまま時間だけが容赦なく流れていく。ようやく「今」を憎まずに前を向けるようになったと思ったのに、目の前には大きな壁がそびえ立っている。壁から目を逸らして、逸らして、逸らして、その先に何もないとわかっているのに向き合うのが怖い。


お会計の時に店員さんからクーポンをもらった。友達が嬉々として受け取る。
「やったー!1,000円だって!」
「え、1,000円ってデカくない?やった!」
店を出ると暑くも寒くもないちょうどいい温度で、心地いい空気に全身を包まれた。まだ19時前だけど、空は少しずつ夜の支度を始めている。
「これ有効期限ないっぽい!!絶対また二人で食べにこよ!!」
そう言われた瞬間、クーポンが未来への切符のように見えた。さっきまで何も見えなかったはずの未来。
「これ、どっちが持ち帰る?」
わたしが持ってる!といつもなら即答していたと思う。けど今回は断った。なんでかわからないけれど、これは彼女に持っていてほしかった。
「絶対、絶対だからね、絶対また来よ!」
クーポンが友達の財布に丁寧にしまわれるのを見ながら、この後どうする?と夜が始まろうとしている街に足を踏み出した。

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