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トンネルは県境にあった。

トンネルは県境にあった。老朽化が激しく、数年前には壁面が崩落しニュースにもなった。それを機に新しいトンネルの建設ははじまっていたがまだできていない。

午後三時を少し過ぎた頃。トンネルに入った。娘夫婦の家まで届け物をした帰り。クルマはひとり運転していた。トンネルを通るたびに壁面が崩落したニュースを思い出す。胸騒ぎ。何もなければいいが。いつもそうおもう。薄暗い天井はいつも濡れていてドス黒いシミだらけ。壁からはいつも雫が流れ落ちている。一刻も早く通り抜けたい。アクセルを踏み込む。

クルマの前方右側、対向車線の壁際で車のヘッドライトに照らされて小さな生き物のような、背中が見えた。猫?子猫?白と黒の背中が小躍りしている。壁際の側溝に沿って走っているのか。暗くてよく見えない。

前方から大型ダンプがこちらに向かって走ってくる。大きなヘッドライトがふたつ、近づいてくる。轢かれるかも。嫌な予感。壁際の側溝を出て車道の方へ走り出てくるようにも見えるが暗くてよく見えない。こちらも運転中だ。じっと見続けているわけにはいかない。ひょっとしたら対向車線を横切って僕のクルマの前へ躍り出てくるかも知れない。そんな気もしてアクセルをゆるめ、スピードを落とす。

ダンプが結構なスピードでやってきた。僕は、ダンプ、子猫、そして自分のクルマの前方に何度も目をやりながらダンプとすれ違った。

ダンプに続いて何台ものクルマとすれ違う。子猫はどこだ。いない。みえない。子猫を探す。いない。いないはずはない。ダンプに轢かれたか。わからない。まさか僕が轢いたか。それはない。それとも。わからない。

考えをめぐらすうちにトンネルの出口が目の前に迫っていた。あっと言う間だった。日差しが眩しい。薄暗いトンネルが過去になる。

猫は本当にいたのか。そんな疑念が浮かぶ。それにしてもやけにはっきり目に焼きついている。たしかに、いた。白と黒の背中が小躍りしていた。でもはっきりしない。幻か。記憶は鮮明だが猫の姿はぼんやりしたまま。薄ぼんやりしたまま。あぁまたひとつ、トンネルを抜けるのに嫌なことがふえた。

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