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転がりあるいは滑り落ちるということについて

この峠を越えればいいんだ。それほど急ではないがかといって緩くもない。少し汗をかいているのがわかる。靴底の落ち葉を踏みしめる音を聞きながら歩く。あたりには誰もいない。後にも先にもひとりだ。

一本道だから迷うことはない。ただ歩けばいいだけだ。そのうちに着く。わかっていることをわかっているとおりにするだけだ。あらかじめわかっていることだから考えることはない。そのはずだった。

考えることはないということを考えながら歩く。視線は先にある。考え事をしていても視線はしっかり先だ。そこは外さない。気を抜くわけにはいかない。人がひとり通るのがやっとの山道だ。しかも右手は谷だ。水の音が聞こえる。見えないが川があるらしい。足を少し踏み外すだけで川まで転がり落ちることができる。

崖だ。岩肌が見える。転がればすぐだ。転がるというより滑り落ちるといった方がいい。生えている木々も大したものはない。たぶん支えにはなってくれないだろう。辛うじてつかまったとしてもそれは一瞬だ。すぐに一緒に滑り落ちるだけだろう。

わぁとかきゃとか言うんだろうか。たぶん言えない。言わない。無言で滑り落ちてゆくんだ。ズルズルかな。それともザァザァかな。尻や背中が岩肌に擦れる音を聞きながら手足は少しは抵抗してもがくのだろうがそれも気休めに過ぎない。無駄だ。谷底の川まで一直線で落ちてゆくんだ。

時間にしてどれぐらいかな。30秒もあれば相当落ちることができるな。たぶん。バリバリとかベリベリとか木々をへし折りながら落ちてゆくのかもしれない。

もしも途中で何かに引っかかったとしてもそれはそれで大変だ。どうする。そうなったらどうする。たぶんしばらくはじっとしてどうするか考えるんだろう。

考えても仕方ないけど考えるだろう。たぶんそうだ。そしてまず最初に目を大きく開けて状況を確認するんだ。一番先に見るのは川だ。谷だ。谷川までの距離だ。あとどれぐらいで落ち切るのか。そこはどうなっているのか。目の玉だけをギョロリとかグルリとか動かして見るんだ。

目の玉を動かすだけでさっきと同じように滑落しはじめるかも知れない。だから慎重にしたい。でも気が焦る。その気を抑えて下を見る。どうなっているんだろうか。すぐ下は滝壺なんかだったら最悪だろうな。

滝壺のすぐ上、10メートルあたりの崖の木に辛うじて引っかかってるなんてことになってたらどうする。たまらんぞ。動いちゃいかん。動いたら落ちる。落ちたら滝壺。

滝壺といってもいろいろある。結構厳しいコースを選択すれば、滝壺はあるにはあるが滑り落ちるとしたら滝壺のその手前にある滝のてっぺんだったりして。落ちたら有無を言わさず滝のてっぺんから滝壺に落ちるという。

泳げない。しかもこの冬空にそんなことになったら泳ぐ前に気絶するな。だめだ。結構厳しいコースは厳し過ぎる。結構厳しいコースの弱4ぐらいならどうだろう。弱4ならこうだ。

このまま滑り落ちたとしたら滝の手前5メートルぐらいの川だ。滝の手前5メートルだから流れは急だが、そんな大きな滝でもないしそれに落ちる場所によっては川沿いの草むらあたりになる可能性もある。

これはあくまでも可能性のはなしなのでそのつもりで聞くように。誰が誰に言っているのかわからない。が。まぁいい。そのようなことで。先に進む。

しかし心配なのは苔だ。岩場の苔は滑るぞ。ツルンと滑る。たぶんそんなところに勢いよく滑り落ちたとしたら間違いなくツルンと滑ってポトンと落っこちる。確実に滝壺だ。滝壺コースだ。これもいかんな。

そんなことを岩場に引っかかった身の上で考えるんだ。そう考えているうちに身体がずるりと音をたてはじめる。ヤバイ。上はどうなっている。右や左、前や後はどうだ。何かつかまるものはないか。

目玉をぐるんぐるん動かす。背中にあたりに何かありそうだ。もうこうなったら一か八かだ。

思い切って背中にある何かをつかむために身体をひねる。ひねりはじめるのとほぼ同時に身体が重力に従って落下をはじめる。落下が先か。背中にある何かをつかむのが先か。

時間が止まる、といいたいところだがそんなことはない。時間など止まらない。止まるはずがない。落下しはじめた身体は背中あたりの何かをつかもうともがく男をあっさりと置き去りにしてスピードをあげた。

ガクンと膝が曲がる。その拍子に気がついた。あと少しで足を踏み外すところだ。右手は谷だ。危なかった。一本道だから迷うことはない。考えることもないはずだと考えていたはずなのに。危ないところだった。

2020/12/12  まるネコ堂「文章筋トレ」 山野カエルの10分+60分 より

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