小学生時代にやった習い事と反省
習い事。
小学生の時は、自己紹介で困ったら習い事の話で乗り切れたのに、就活では乗り切れませんでした。
皆さんは何か習い事をやっていた(もしくは今も続けている)でしょうか。
何かをどうしても習いたくて親にせがんだ、という人もいると思いますが、
自分の場合はそんな記憶もなく、習い事選びには親のエゴが反映されていました。
とっくに自我が形成された今、自分がやってきた習い事が良かったのか、どうなのかを振り返ってみたいと思います。
ピアノ 14年間やった
いくつか習い事をやった中で、一番長かったのがピアノ。
3〜17才(高校2年)まで続けていました。
ジェンダー差の話を持ち込むつもりはないですけど、
ピアノをやってる男の子の8割は、親が始めさせたからやってるだけだと思うんですよね。私も例にもれず、そのパターンの男の子でした。
3歳から小学校入学までは、カワイ音楽教室。
先生のぎっくり腰がひどくて見てられなかったのを覚えています。楽しかったですけど、何か音楽的な知識や技術が身についたわけではありませんでしたね。
小学校からは、個人でやってるピアノ教室で習っていました。(途中で先生が指導を引退して、中学校からはまた別の個人のピアノの先生に習いました)
とりあえず小学校のとき習っていた先生は、超怖かったです。練習してないのが演奏でバレるとガチで叱られます。
自分は怒られることを異常に恐れてたので、それなりには練習して何とか切り抜けていたわけですが
他の子が怒れられてガチ泣きしてるのを見て、意味がわかりませんでした。音楽って娯楽だよな…?
ただ、そのおかげでそこそこ弾けるようになったので感謝はしてます。
特に合唱コンクールの伴奏は楽しかったです。その時は合唱コンにのめりこみすぎてて、物理基礎で赤点を取ったんですが。
まあ、クラスにピアノ習ってる子が複数いた場合、伴奏者争いになると非常にめんどかったですけどね。
絶対伴奏を取ってこい!と圧をかけてくるピアノの先生と、絶対伴奏を勝ち取りたい、負けず嫌いのクラスの女の子。
その狭間で、大して争いたくもないのにピアノのオーディションに参加しました。この話だけで一つ記事書けそう。
幼少期からピアノを習って良かったこととして、
そこそこの「絶対音感」が身に付きました。
最近ギターを少しかじってるんですが、チューニングする時にチューナーを使わなくても一応音が合わせられます。完璧には無理ですが。
参考文献
榊原彩子,2004,なぜ絶対音感は幼少期にしか習得できないのか?https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep1953/52/4/52_485/_pdf
そろばん 脳が改造された
小学3年〜6年まで週4で行ってました。
あまりにも毎日行ってたので、放課後=そろばんのイメージが強いですね。最終的に珠算・暗算それぞれ3段を取ることができました。
今でも覚えてるのが2011年3月11日、東日本大震災で震度5強の揺れがあった当日。
母親に「今日もそろばんあるでしょ」と言われて、自分はさすがに今日は休みだろと思いつつ 親の自転車に乗せられてそろばん教室まで送られました。
当然その日はそろばん教室も営業できる状態でなく、行ったけどお休みだったので、今考えれば親も自分もアホだったわけですが。
それほど、うちの家族にとって放課後そろばんが当たり前になっていたわけです。
そろばんをやることで、暗算する時は常に、頭の中にそろばんを思い浮かべながら計算する感じになります。
これは大人になった今でも同じで、そろばんを習ってない人がどういうふうに暗算しているのか、想像がつきません。(別に煽ってるわけではない)
そろばんを習う前後を比較すると、脳内にそろばんを埋め込む改造をされた感じです。
これが良かったのか悪かったのかは分かりませんが、そろばんを習っている間は学校の算数もかなり得意だったので、当時は完全に理系人間になれたと自他ともに思っていました。
まあ高校数学で落ちこぼれて私立文系になったわけですが。
余談ですが、そろばんの地区大会で決勝戦まで残り、優勝しそうになったのに反則負けしたことがあります。
決勝戦は、10問くらいの問題を解いて、一番早く解き終わって手を挙げ、かつ全問正解だったら優勝というもの。
当時まさか決勝に残るとは思ってなかったので、心臓が飛び出そうなくらい緊張してました。
脳が発熱してるのを感じるくらい極限の状況の中、最後の問題にたどりつき、隣の子をチラッと見るとまだ計算してる感じ。ついに答えがでて…。
自分「はい!!」(手を挙げる)
(これは勝った!!!)
(そろばんで計算した答えを解答用紙に書いてないことに気づく)
(慌てて答えを書く)
ジャッジのおばさん「あ、書いた。」
…
…
…(会場沈黙)
「結果については、協議しますのでお待ちください。」
結果:反則負け
これは故意でやったわけではなかったですが 手を挙げてから答えを書き込むのは、当然失格でした。
当時、「こいつが反則を犯した」という情報がまあまあ広がりました。
その後、自分が習ってる教室の先生と会った時に、気まずい時間が流れました。怒られてはないと思いますが、なんて声を掛けられたかはもう覚えてません。
水泳 1ヶ月でやめた
私は何よりも水泳が苦手でした。
自分がなぜ水が苦手になったかは諸説あって、3才の時にハワイアンズのプールで溺れかけたから、というのが有力なんですが、自分でも覚えてないのでよくわかりません。
苦手すぎたので、親の意向で夏期講習だけでも行ってこい、と言われて某スイミングスクールに通うことになりました。
小学5年生の時だったと思いますが、とりあえず小2の子供達と一緒のクラスに放り込まれました。帽子の色は赤だったと思います。
劣等感がすごかったですね。
そこのクラスでは、女性の先生から「おい、⚪︎⚪︎(名字)」と呼び捨てされてたのが印象に残っています。
今となっては何も思わないんですけど、当時は何か悪いことをしてもないのに「くん」付けされない威圧感というものを感じてました。
そこでの収穫は、バタ足がマシになったくらいでした。夏期講習後も親は続けさせたかったみたいですが、結局私が拒否して辞めました。
このまま続けてたら水泳が上手くなってたんですかね。ちょっと続けなかったことを後悔してなくはないんですが、当時は本当に嫌だったのでまあこうなるわなって感じです。
ちなみに、その後も水泳が上手くなることはなく
高校3年の夏休みまでも、学校の体育のプール補習に呼ばれましたね。
見学日数が多かった女子が何人かいましたが、「泳げなすぎて補習に呼ばれた」男子は自分がほぼ唯一だった気がします。
結局、最後の最後までクロールの息つぎがまともにできませんでした。
大学生になって一番良かったことは、「水泳の授業がなくなったこと」だと胸を張って言えます。
英会話 やっとけばよかった
逆に、自分がやっとけば良かったと思う習い事についても挙げておきます。
それが英会話。
これはピアノの絶対音感があるからこそ実感したことなんですが、小さな時に正しい発音を学んでいたかどうかで、その後本当に苦労せずに済むと思います。
英文法は中学高校でやればどうにかなりますが、身についてしまった日本人英語は直らず…。
総括
改めてまとめると、私は「ピアノ」「そろばん」をやってきて、「水泳」は挫折した、という感じです。
「ピアノ」「そろばん」に共通するのは「手指を動かす」ということ。
手ゆびを動かす習い事をすると器用になるかっていうと微妙ですけど(裁縫とか細かい作業が苦手)、まあ無駄な習い事ではないと思います。
もし自分に子供がいたら、趣味を作ってあげるという意味でも、とりあえずピアノはやらせるかもしれない。
ただ近所の男の子で、明らかに運動好きなのに無理やりピアノを習わせられてる子がいて、泣きながらピアノ弾いてるのは本当にかわいそうだったのを見てたので 合わなかったらすぐ辞めさせると思いますが。
そろばんは、そろばん教室が残ってればやらせるかも。スマホの計算機に淘汰されるならそれはもうしょうがない。
運動に関しては、運動が好きな子は絶対やらせた方がいいです。
あと、嫌いな子に対しても、ある程度無理やりやらせることで、最低限スポーツへの耐性はつくと思うので、やってダメなことはないと思います。
ただ、明らかに運動センスのない私みたいなのが無理やり続けてても、自尊心をズタズタにされてた可能性があるので、まあここで辞めさせるかは、家の教育方針によるってとこなんでしょう。
ちなみに、高校受験と大学受験の時に行っていた「塾」も一応習い事に含まれなくもないんですけど、その体験談はまた別の機会に。
皆さんの習い事の体験談もお待ちしております。