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古典酒場で呑む。【中野・路傍】名前も知らない人々と、同じ樽酒を交わす醍醐味

好きだったお店が畳んでいた、ということが増えてきました。
世の中の状況はもちろん、高齢による引退や代替わりなど。これっきりになることは十分にありえます。

「路傍」は、東京・中野駅北口に広がる飲み屋街の一角に佇む酒場です。数年前に一度だけ訪れたことがあり、名物の樽酒とカウンターに立つご夫婦の空気に触れ、いつか再訪したいと考えていました。

やっと、行くことが叶いました。

日本酒は1種類。時間の止まった古典酒場

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4回目の緊急事態宣言直前の週末、開店と同時に行きました。

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お店は10名ほどが座れる背の低いL時カウンター。中でご主人がタバコの煙をくゆらしていました。お元気そうでよかったです。

「いらっしゃい。お好きなところに座ってください。私は料理できないので、しばらくまっててください」とご主人。カウンターには大皿3つほど、中に野菜が見えます。

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計算機?? 繁華街の喧騒の中、ここだけ時間が止まっています。比喩ではなく物理的に。

「最初からお酒にしますか? ビールもありますよ」

路傍では、日本酒は千福(広島・三宅本店)のみ。通常の瓶詰めのものと、樽酒から選ぶことができます。(たるの匂いが苦手な人がいるそう)。あとは瓶ビール。

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カウンターの奥に鎮座する千福の樽酒。もちろん、名物の樽酒をいただきます。

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これこれ、という気分です。枡の端から、直接いただきます。
うまい。木の風味があり、まろやか。身体にしみ込む味わいです。多分、自宅で飲んでもあまりピンとこないタイプのおいしさです。

「営業再開したのはつい最近なんです。今年はずっと休業でしたから。ですが、何もしないことはどうも体によくない。そこで18時〜20時の2時間だけですが、再開しました。そうしたらまた緊急事態宣言で、明日から長期休業です。わざわざ挨拶に顔出してくれる人がいたり、まるで大晦日前の営業みたいですよ」とご主人。

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都の指導にしたがって、扉を開けたままの営業です。

「都の人が来てチェックしにきました。ドア開けてたら満点の17点くれるんですよ」(店主)

へぇ、17点が満点なのですね。

「あといまは席も半分ですね。ひとつ飛ばしでしか座れないように『くまもん』を置いています」

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(くまもんのいる椅子は座ったらだめ)

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つまみは天塩。枡の隅に乗せるべきか聞いたところ「いや、流れてお酒にはいっちゃうから別になめてください」とのこと。塩と酒、家でもやらないようなシンプルすぎる組み合わせが、なぜかうまいです。

普通な料理が、普通においしい

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(普通の野菜が、やけにおいしそうに見えます)

6時10分を超えたあたりで、お店の奥さんが到着。カウンターの中に入り、けれどいそぐわけでなく会話をしながらのんびりインゲンの筋取りをはじめます。

この辺りで他のお客さん(常連)もちらほらやってきて、みんな樽酒と塩をしばし楽しみます。

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樽酒の二杯目にいこうかというころ、先ほど処理していたインゲンがでてきました。路傍では基本的にお酒意外の注文はせず、奥さんのタイミングででてきます。これと、プチトマトのお浸しが本日のつまみです。

普通です。普通においしいです。つまり、最高です。

気がつくと、樽酒をおかわりしています。隣(くまもん挟んで)の常連さんもいいペースでおかわり。日本酒ってアルコール度が高めのためそれほどたくさん飲めないのですが、なぜかこの樽酒は、するりと飲めてしまいます。「最高級の美味」ではないけど、それよりも自然に杯を重ねてしまう。

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(気がつけば4杯ほど飲んでいました)

路傍の人と、同じお酒を飲み交わす

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しばらくすると、空気がほぐれてくるというか、ご夫婦を中心に、会話が弾みはじめます。ワクチンの話から、梅雨の悩み、他の常連さんの話、私(大久保)はなぜ路傍に来たのかなども。常連さんを中心としながらも、自然と受け入れてくれる雰囲気です。

「ひとりの時間を味わう」というよりも、ご主人たちとの会話をつまみに酒を呑む、といった楽しみ方がいいのかもしれません。

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年代物の時計を発見しました。

路傍が中野でお店をはじめたのは昭和36年あたりだそうで、その以前は新宿でバーをしていたそう。

「まだ、トロリーバスが走っていたころですよ。タカノフルーツパーラーが柿の叩き売りしていたかな」(店主)

というと、常連さんの中から「私は幼稚園でした。バスの記憶ありますよ」との声。ここ10年ほどの新宿しかしらない身からすると、別世界の話のようです。

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冷や奴。普段居酒屋さんなどではあまり頼まないメニューです。普通なので。でも、普通なのがおいしい。

カウンターに座る人たちの年齢は、20代から80代(最高齢は87歳!)。ですが、同じ料理と同じお酒を、同じ空気のなかでいただいていると、不思議とそれ以外の要素が溶けて、話がはずみます。

(主な話題)
・最近リングフィットをやっている
・近くに引っ越してきた人が毎日同じ時間に歌っていて怖い
・マスクの日常になると子供の顔の認識能力が下がるのか
・25年前、路傍ではジンギスカンをはじめた。樽酒の匂いは苦手という人がいるくせに、マトンは平気のようだった。しかし鉄鍋を洗うのが面倒でやめた
・ヘレンケラーってすごい
・あなた大久保さん?あなたは小川さん?私は中野です。大中小そろった!

脈絡もなにもない、本当に飲み屋の会話です。これを、結構なお年の(後で知ったのですが、みなさん立場のある方でした)かたが話し、樽酒を呑む。その中心にカウンターのご夫婦がいる。

「酒場で呑むこと」の醍醐味って、これだなと感じました。

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営業は8時まで。きりあげます。

「また、ここで会いましょう。私たちはだいたいいつもいるから。たまに中野に来てくれたら、変わったことや新しいこと、このお店がなんでも教えてくれるよ」と、常連の方。

文字通り「路傍の人」だと、一瞬すれ違うだけの関係だと思っていたのですが、違いました。お名前も覚えました。また、ここで一緒に樽酒を飲み交わせてください。

ごちそうさまでした。

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もちろん、お酒を飲みます。