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山φ555、かっこいい生酛【田中酒造店】盛川杜氏の造る日本酒が面白い!

今の日本酒の「王道」といえば、「フルーティーで綺麗!」といったもの。賞レースで上位に入るのがこのタイプで、純米大吟醸をはじめとする高級ラインが中心です。

しかし、王道があれば別の道もあり、日本全国には独自の味わいのお酒を目指す酒蔵も多く存在します。

中でも、ここ数年さまざまな方面から「おもしろい!」と聞いていたのが、宮城県「田中酒造店」の盛川杜氏が造るお酒。甘味ではなく「うまみ」を強調したパワフルな味を軸に、コンセプトの異なる多彩なお酒をリリースしています。

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今回購入した「田中酒造店」のお酒たち。

注目は左の「生酛にごり」。生酛(自然界の微生物の力を使った伝統製法)で、にごっていて、要常温(冷蔵じゃなく、常温)で、ご本人の顔ラベル、1.8瓶なのに内容量1500cc! いったいどんな味がするのか、思わず取り寄せました。

今回は、造ったご本人・盛川杜氏にオンラインでインタビュー。それぞれのお酒の特徴を教えてもらいました。

蔵からオンライン取材

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こちらが田中酒造店の盛川杜氏。さまざまな蔵を渡り歩いた異端の杜氏として、日本酒業界ではつとに知られています。

「田中酒造店にお世話になったのは2016年から。田中酒造店は宮城県で戦後初めて『生酛造り』(という伝統製法)を復活させた蔵元なんですよ。ここで自分の意図する酒造りである純米・生酛・山廃(こちらも伝統製法)に取り組んでいます」

ーー同じ田中酒造店のお酒でも、3本では見た目もタイプも全然違いますね。

「基本的には蔵元のオーダーに合わせてお酒を造りますが、年に1〜2タンクくらいは自分の好きな造りをさせてもらっています。特に今回購入いただいたの3本の中には、そういうものが多いです」

①地獄杜氏のキモト純米原酒にごり酒(要常温)

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(みえますでしょうか、白濁しています)

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まず、「キモト純米原酒にごり酒」からです。ラベルはご本人がテレビに出演されたときの画面キャプチャーで、「かっこいい!」は出演者のコメントをそのまま吹き出しにしたそう。

「ええ、このお酒はそうですね、ふざけています。他にこういったふざけたラベルはないので笑。コロナ禍を受けて一番変わった生活様式の『マスクの着用ラベル』をほかに先んじて作っておきたかったこともあります」

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そのまま飲んでみると、すごいです。飲みにくいと感じるぎりぎりの重さで、甘味は抑えめ。ごりごりと口のなかでバウンドします。弾力のあるボールです。

「このお酒は『割る』事を前提としております。もともと、飲食店さんにむけて『生酛のにごり』というアイデアはあったのですが、ちょうどコロナ禍で飲食店さんが厳しい状況になってしまった」

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(本人とならべてみる)

「お酒で応援、というとおこがましいですが、思いを形にしたいとは考えていました。オリジナルの応援酒を出すというのも…まあいいですがうちの蔵としては違う。個人的には、飲食店さんがお酒に手を加え新たな風味と価値を創造して利益を得て欲しいと思ったんですよ」

ーーだから割り前提。

「ええ、炭酸を加えたり、発泡酒で割ってもいい。私は『ネタ』となる素材を売る。飲食店さんは自分のアイデアで飲みやすいお酒にする、共同作業ではないですが、そのように協働し、お客様から対価をできるだけ多くとってほしい。そのための素材として振り幅がきくよう、濃度を幾分高めにしています」

ーーちなみに、ラベルに「要常温」とあるのも珍しいです。「要冷蔵」はよく見るのですが。

「日本酒って、みんな冷やさなきゃいけないと思っているのですが、そうじゃないお酒もあるということをアピールしたかったんです。それに、要冷蔵の日本酒って運送コストもかかるし、飲食店さんが冷蔵庫で保管することも結構なコストじゃないですか。『SGDs』ではないですが、環境負荷への配慮もこの先には必要かなと」

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盛川杜氏のおすすめの飲み方は「トニック割」。これはうまいです!トニックウォーターの甘味と柑橘系の苦味が、にごりの濃厚な味をきれいに広げます。

ちなみに1500ccなのは、にごり酒で酵母活性の高いお酒を『瓶燗(瓶のままお燗にすること)』のために加温すると再発酵的に酵母が湧いて容器からガスとお酒が吹き出してしまうことがあるからだそう。

②Limited 555 φ 山廃純米生原酒

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ーー先ほどのお酒とはまったく別の世界観です。555やφって、一体何なのでしょうか?

「これは、仮面ライダーネタです!!(笑)」(テンションあがってらっしゃる)

ブレンド酒の1本として山廃酛を造っていたのですが、この酒母(お酒のもととなるもの)の泡面が『ファイズ』に見えたのです。で、その泡面をSNSに投稿したところ、フォロワーさんに『山ファイ(山廃+ファイズ)』といわれて、これは商品化しようと(笑)」

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(盛川杜氏は仮面ライダー大好きです)

「自分のプライベートブランドは、すべての工程を携わるようにしています。なのでラベルも自分でつくりました。ワードアートですが笑」

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「ほら、ラベルの上の方が色が濃くて、下の方が薄くなっていますよね。これは『クリムゾンスマッシュ』という必殺技をイメージしています」

ーーこちらは珍しく「冷蔵」。しっとりと優しく、でも甘味と膨らみもあります。単体でも楽しめるタイプ。おいしいです。

「山廃で、香りぷんぷんではなく、そして幾分甘めに仕上げています。自分の酒って辛いイメージがあるのですが、開けて即飲める(固くない)お酒として、このタイミングで市場に出してみたいなと。だから来年は多分出せないんですよ。でも、今このタイミングでしか出せない酒っていうのも面白いと考えています」

こちらのφ、開栓後2-3日経つとさらに味がボリューミーになり、どんどんおいしくなりました。多層的な甘味を口でゆっくり転がしたくなる美味しさです。

③まなつる 辛口 山廃特別純米

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ーーそしてラストが「まなつる」。田中酒造店の定番ブランドです。

「ええ、ですのでこれは自分の想いというより『仕事』のお酒です(笑)。大阪に本拠をおくモトックスさんからオーダーを頂いた商品で所謂PB。日本酒度を+10近く、辛口で山廃純米、使用酵母はきょうかい6号酵母というミッションで造りました。」

ーー味は、これぞ食中酒。それだけで飲むというより、口の中で別の味や食感と組み合わせるとどんどん美味しくなります。

「オーダー先がワインが専門でしたので、『食べながら飲める』お酒を求めていることはよくわかりました。自分のお酒は、どちらかというとワイン畑の方から求められることが多いんですよ。

おすすめは常温か、燗。それも温めすぎない方がいいかな、ぬる燗くらいで。料理はどちらかというと和食、それも醤油より塩です。焼き鳥とかがいいかな」

いま、「評価されないお酒」を造るわけ

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(率直に聞いてみました)

ーー今、売れるお酒や評価されるお酒は、フルーティーで甘いものが多いと思います。同じ東北でも、他の有名な蔵はそんな味わいが多い印象です。なぜ、あえて独自路線にいくのですか?

「確かに、今評価されているのは、甘いお酒です。それが悪いっていうんじゃないし、自分もそこから日本酒を好きになりましたので。

でも、これから這いあがろうとする蔵は、どう頑張っても十四代さん(山形の超有名ブランド。甘くきれいな酒質)のようにはなれない。別の価値観をつくって、そこを軸として取り組むしかないと考えています。

自分は、今主流の『単体での完成度を極限まで突き詰める』お酒ではなく『日々の食事』『何気ないその時々の食事』と合う日本酒という価値観をつくっていきたいんです。もともと、日本酒ってそうだったはずなんですよ。わが国には埋もれて見えなくなりつつありますが、多様な風土、そして食文化があります。そういう文化とともにあるお酒を造りたい。そしてのみたい。

海外のソムリエさん、またそれに準じた職業の方とお話しする機会がありますが、食事と合わせることを前提とすると、甘いお酒では厳しいと…。自分もそれは同意ですし、そこ(海外)はこれからは意識していきたいです」

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ーー今回の3本は、どれも「わかりやすいおいしさ」ではありませんが、飲むほどにじわじわと「うまく」なる、どんどん好きになる不思議なタイプでした。それこそ毎日の「晩酌」で、ゆっくり楽しませていただきます。

「個人的には、やっぱりそういうお酒が好きですね。私はもともと、お酒が好きで、好きな日本酒を造りたいと思って(日本酒業界に)入ったので……」


盛川杜氏が日本酒の道に進み、「地獄杜氏」と名乗るようになったその理由は、後編の「“地獄杜氏“盛川氏が語る、日本酒のリアル。杜氏は職人かアーティストか?」で紹介。

きれいごとではない、酒造りの本音を語っていただきました。


もちろん、お酒を飲みます。