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【獺祭 ひと筋、11年】 蔵長・三浦史也が切り拓く「新しい時代の杜氏像」とは

日本酒「獺祭」蔵元・旭酒造、勤続11年。2017年からは工場長(蔵長)を務め、年間3000本もの純米大吟醸タンクを監督した、旭酒造を代表する職人のひとり、三浦史也さん。

アメリカ・ニューヨークに新設される海外蔵(DASSAI BLUE醸造蔵)への赴任を控えた2022年6月、旭酒造のお膝元・山口県岩国で三浦さんのインタビューを実施しました。旭酒造での11年の経験や、酒造りの考え、醸造家としての未来について話を聞きます。

※トップ画像は旭酒造・蔵人の方のイメージです

profile
三浦史也さん。山口県出身。別府大学卒。2011年4月に旭酒造入社。蔵人として6年間経験を積み、全体管理を担う工場長として活躍。年間3000本のタンクを監督。近年は「獺祭 生酛」(2021年)プロジェクトなど、新規事業の責任者を務める。2022年、アメリカ・NYの新設される海外蔵へ赴任予定

旭酒造ひと筋11年、 「獺祭」とともに育った男

夜、岩国駅近くの居酒屋さんにて

ーーお仕事後、ありがとうございます。本日はよろしくお願いします。

はい、わざわざお越しいただきありがとうございます。

ーーさすが、お酒はやっぱり獺祭なのですね。

ええ、飲みにいくときは、お店に(獺祭の)取り扱い・在庫があるか確認していくことが多いですね。夏場はビールから行くこともありますが、結構最初から最後までずっと獺祭だったりします。

(最初のいっぱいは私に合わせてビールですが)日本酒は獺祭二割三分でスタート。この後、39、45と様々な獺祭へ

ーーまず、三浦さんの旭酒造でのご経歴について教えてください。新卒入社から旭酒造一筋とお聞きしました。

ええ、でも実はそれよりも前、高校生のときからバイトでお世話になっていました。地元が山口県で近かったんです。大学は大分でしたが、そのときもバイトできていました。

僕、一度正社員での入社を断られてるんですよ笑 大学のバイト時代に「本採用してほしい」っていったら、社長がダメだって。そのあと、インターンシップでもう一回挑戦して、ようやく入社できました。当時は今のようなビルではなく、まだ昔の古い蔵のころですね。

現在の蔵の様子

ーー入社前から獺祭愛があったのですね。※三浦さんは大学時代に醸造業界を志望。実際に獺祭を飲んで味に惚れ込み、入社を希望したという背景があります。

「獺祭」とともに、造り手の心も成長した

スマートにお酒を嗜む三浦さんですが、20代のころはお酒の失敗も多かったそう。意外

ーー三浦さんが入社された2011年から現在まで、どのような変化がありましたか?

そうですね…まずお酒の「獺祭」でいうと、酒質が高いところで安定するようになったと感じます。日本酒って、同じ蔵の同じ商品でも、時期やロットによって味が違うことって結構あるものです。

良い悪い、どちらに振れることもあるのですが、並べて利き酒をするとやっぱりわかりますし、それは良くないことです。獺祭を飲んで「この味が好き」と感じてくれた方が、次に自分で買って飲んだときに味の印象が違うと「やっぱり好きじゃないかも」となってしまう恐れもありますから。

ーー三浦さんご自身の変化は?

僕は、すごく変わったと思います笑 大人になったというか……。昔は、特にバイトだった大学時代とかは、本当に常識がなかったんですよ。仕事が不真面目というわけではないのですが、たとえば休憩時間に蔵の前で普通にタバコを吸ってたり…

ーーえ、それはダメなのですか?

ええ、蔵にはいろいろなお客さんがいらっしゃいますから。僕の態度を見て獺祭に対してよくないイメージを抱いてしまうかもしれませんよね。

別に特別な教育をされたわけではないのですが、働いているうちに「いいお酒を造っているのだから、造っている自分もちゃんとした行動をすべきだ」と感じるようになりました。ちょうどその頃、僕自身が役職についたり、対外的な業務が増えたり、そういったタイミングでもあったんだと思います。

お酒の失敗は…飲んで欠勤するなど、仕事に影響をきたしたことはないのですが、後輩たちによると、あまり酒癖はよくないらしいです笑

蔵見学中の写真。業務中の蔵人全員が「いらっしゃいませ」「こんにちは」と挨拶してくれたことが印象的でした

獺祭の蔵人がお店で獺祭を飲む理由

日本酒のおかわりはいかがですか? 次は獺祭三割九分です(……じっ)

獺祭の瓶には、製造年月とナンバーが記載されています

ーー?(お酒の)どこを確認しているのですか?

ああ、ラベルにある製造年月と、ロットナンバーです。獺祭を外で飲む理由のひとつでもあるのですが、出荷から日数が経ち過ぎたお酒が提供されていないか確認しています。獺祭は時間が経つと味が変わりやすいので、注文する人には新しい状態で飲んでほしいんですよ。

ーーもし、お店に古い獺祭があったらどうしますか?

全部飲みます笑  「お客さんに(これが獺祭の味だと思って)飲まれてたまるか」って。それもできないときは、蔵から新しいお酒を送って、取り替えるようにしています。

費用をうちが持つのでコストにはなりますが…お店で獺祭を注文するお客さんは美味しいと思って頼んでくれるわけですし、獺祭って少し値段もするじゃないですか。だから、そのときのお客さんの期待に応えられないことの方が損害になるなと思っています。

データ9割、勘1割で、年間3000タンクと向き合う

ーー三浦さんは6年間蔵人として経験を積んだのち、旭酒造の工場長として醸造を率いてきました。これは一般的な醸造責任者である「杜氏」と同じ役職ですか?

うーん、「杜氏」を意識したことがないんですよ。他の蔵を見に行ったり、勉強会で他の蔵の人と会うことはあっても、ずっと旭酒造の中で働いてきましたので「杜氏」がどういうものなのかわからないんです。

「責任者」という意味では社長がブランドを背負っていますしね…。もう少し細かくいうと、社内では製造のトップに「製造部長」という、対外的な業務を担う役職があります。その下に「工場長」という役割があって、現場の醸造の管理を担っています。「工場のような造りをしている」と誤解を受けるので、呼び名は変えるべきという話※もありますけどね。

現在は海外転勤を控えて工場長は退きましたが、当時は2チーム制で年間3000本(実際に自身で計画・指揮するものは1500本)を造っていました。

※現在、役職名は「工場長」から「蔵長」に変更されています。

旭酒造の分析室。タンクごとに数値を分析・管理している

工場長となると、常に60本くらいのもろみタンクを見るのですが……ひとつひとつの数値を分析し、次になにをするか、どのタイミングで何度上げるか、下げるか、そのためにはいつ何分間水をあてるか、そうしたことを考え、決定します。

データが9割、残り1割は勘です。論拠は揃えつつも、予測と決断は人です。めちゃくちゃ悩みますよ、1時間くらい決められないこともあります。

はじめたときは「絶対こんなにたくさん管理できないだろ」って思っていましたが、実際にやっていくと、すべてのタンクの状況が頭に入るようになるんですよ。大変でしたが、めちゃくちゃ勉強になりました。

やっぱり、酒造りに向き合っているときが一番楽しいですね。

獺祭の掟「80点の酒造り」をしてはいけない

蔵見学の際の三浦さん

ーー多くのお酒を同時に管理されていると聞くと「同じ作業」「画一的」といった印象をもちますが、タンク毎に異なるのですね。

ええ、もちろん違います。あと、うちはよく「一定になるようにマニュアル化されている」と思われることがあるのですが、実はそうではなくって、同じことをやったらダメだという文化があります。

例えば、ある手法を試していい酒質になったら、次の造りも同じことをするじゃないですか。でも、全く同じだとめちゃくちゃ怒られるんです。テイスティングをした社長や会長が「これ、前回から何を変えた?」って。造る側からすると「いや、前回いいっていったのに」って思いますよ 笑。

もちろん「獺祭の味」という方向性はあるんですよ。どういうことかというと、その上で、常に改善が求められます。商品として出せるラインが80点だとしたら、無難に80点くらいに落ち着けるのではなく、毎回100以上を目指して試行錯誤しています。

渡米の心残りは「居酒屋で獺祭を飲む夜」

ーー2022年、いよいよアメリカ蔵での新たな挑戦が始まります。

ええ、楽しみですね。パンデミックもあって計画が延び延びになっている状況ですけど、これからもトラブルはもっと出るだろうって。

うちからアメリカには僕を含む数人が行くのですが、それ以外の蔵人は現地の方を雇うことになります。そこで、これまで日本国内、旭酒造の中で得た経験や方法では解決できないことが起こるだろうなと。それも含めて楽しみです。

でも…ニューヨークといっても結構田舎の方なんですね。仕事終わりや休日なにしようかなって思っています。多分、こんなふうに居酒屋さんで気軽に獺祭を飲むこともできなくなるでしょうし。

ーーそこがネックなのですね笑

旭酒造に勤めた11年間を振り返ってみたところ、一番の楽しみって、仲間と一緒に近所の居酒屋さんにいって獺祭を飲むことだったんですよ。さっきみたいにロットをみんなで確認しながら味わって「この月のロットは米がよく溶けてたな」とか「次はこうしてみよう」のように、わいわい振り返るんです。

全員が「面白さ」を感じられる酒造りを目指す

ーー旭酒造で11年、まだまだ醸造家としてのキャリアは続くと思いますが、今後取り組んでいきたいことは何ですか?

「おいしいお酒とは何か」というのは、獺祭というお酒を通してわかってきたんじゃないかと思っています。僕にとって理想のお酒はやっぱり獺祭ですし、この方向を伸ばしていきたい。次は、美味しいお酒を造るために、どういう環境を造っていくかということを考えています。

僕が工場長だった期間で特に記憶に残っている出来事に「夜勤を必要としない麹づくり」があります。従来、麹をつくるときは長時間つきっきりで経過を見る必要があるため、夜勤が当たり前でした。工場長としては、いかに人員を配置するか、ずっと頭を悩ませていたんです。そんなある年、参加した麹の研究会で、通常よりも短い40時間程度でできる麹の開発が進んでいると聞いて、結構感動しました。

それから、自社でも麹づくりの再検討に取り組みました。麹そのものを見直すことに加えて、前工程、後工程を工夫することで、夜勤が不要な労働環境にできる。旭酒造では、一定の商品で夜勤なしの麹つくりを実現できるようになりました。

旭酒造の麹室

ーーお酒の質だけでなく、それを支える労働環境の改善も必要だと

今、日本酒業界って、若い人が就く仕事として選択肢に入りづらいと思うんですよ。体力仕事ですし、労働環境もきびしい部分がある。美味しい日本酒を造る裏側で、造り手に負担がかかってしまうのは違うと、僕は思う。

酒造りって「面白い」と思えることが、そこらじゅうにあるんですよ。

組織や設備、作業方法などを工夫していくことによって、造り手たちが忙殺されず、酒造りの面白さを体験できるようにしたいですし、そういうチームで、先ほど話したような「みんなで造ったお酒を飲みながら楽しく会話する」ことをしたいんです。

日本酒には世界に誇れる「ブランド」があると僕は感じています。そのブランドに負けないような、造り手の環境を築いていきたいです。


ーー杜氏・蔵人といった古くからのスタイルが崩れていくなか、「杜氏」を知らずに、チーム獺祭を率いてきた三浦さん。新天地で切り拓く新しい時代の酒造りを、心から応援しています。

獺祭の蔵見学レポートはこちら!

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もちろん、お酒を飲みます。