仕事に行きたくないから休みを取るのか それとも 心身を休めるために休みを取るのか 同じ「休む」でも休みを取るための理由が違えば、休むことへの実感の仕方が変わってくる。 今週の水曜日、有給休暇をとったのだが、特に予定があった訳ではなく、ただ平日5連勤の息継ぎのために、真ん中の水曜日を休みにした。率直に言えば、仕事に行きたくないから有給を取ったのだ。 職場の同僚が働いている中、1日家でゆっくり休めるなんて普通だったら最高の1日じゃないか、と思えるはずだ。しかし、目的もなく仕事
気を遣って相手の意見に合わせたり 自分の考えに自信がなかったり 単純に疲れていたり これまでずっと、自分の意見をハッキリ言葉にできていないことが多かった。 それは、ハッキリ力強く自分の意見を言ったら相手に威圧感を与えてしまうのではないか、という不安。 分からないことが恥ずかしいことだと思い込んでおり、それを包み隠そうとしている弱さ。 疲れを我慢できず、態度に出してしまっている未熟さ。 などが原因だと考えられる。 今までは何かできていないことがあった時、その原因を自分な
高校生ぐらいから頭でばかり考えてしまっている。 やりたいことに理由付けしないと、それはやりたいことではないような感覚になっている。もっと瞬間的な感覚で、 いいなあ!これだ!好き!嬉しい!面白い! そう感じたままでいいのに、それよりも先に思考が来てしまっている。 だから、自分がこうだ!こうしたい!と思うものに対して変に制限をかけてしまって、全部中途半端な行動になってしまっている。 たまたまさっき、夏の高校野球神奈川県大会を観ていたのだが、横浜高校の2年生と1年生のプレーから
状況を読み取って、 その場面での人との接し方に なぜか自信を持っていた。 自分は場の空気を読め、 人との距離感を感じ取ることができる。 だからその場に応じた接し方ができると。 しかし、今日1日の仕事で それらが思い込みだったんだと 気付かされた。 分かってるのになぜ声を掛けるの?今日は、別の部署の人に声を掛ける機会が2回あった。 1回目は、その部署の係長で、ある業務についての経過報告をしに行った際である。 以前から、なにか進捗状況に変化があれば、都度報告してほしいと言
ここ2年ほど、読書をしていなかった。 大学生の頃は、一時期沢山の本を読んでいた。しかし、その本から学べる様々なノウハウや考え方、価値観などは、あくまでもその著者にとってのものであり、そもそも人間としての性質がその著者たちとは異なる自分が、確実にそれらを吸収することなどできないと考え、ある日を境に読むのをやめた。 なぜ読書を再開したのか人それぞれの感覚、性質があるのだから、読書を通じて著者が経験した内容を鵜呑みにするよりも、日常生活の中で自分が経験したことをものにする方が、よ
ここ最近、仕事に手応えを感じられずにいた。自分なりに一生懸命働いているはずなのだが、どこか、ただこなしているだけになっているというか、ずっと物足りなさを感じていた。 その人のために接客する昨日、立ち寄ったカフェで店員さんの気遣いに触れ、「仕事とはこういうことなんだ」と改めて気づかせてもらった。 両親とランチを食べるために、たまたま立ち寄った、60代ぐらいの夫婦で経営しているカフェ。 料理は、彩り豊かで、肉、魚と野菜のバランスが絶妙で、盛り付けも細部までこだわっており、何
どこか中途半端来年には転職しよう、などと考えているにも関わらず、どこかしっくりこない。 それは果たして前向きな転職になり得るのだろうか、という疑問が湧いてくる。 そう、今就いている本業の仕事をやり切ったと言える程の経験をまだできていないからだ。今の職種は事務職なので、営業職のような「分かりやすい成果」というものが存在しないため正直難しいのだが、2年弱経ち、仕事にある程度慣れてきた今、自分の物差しで日々の仕事に対する達成感を測ることができるようになってきた。 そんな中、ここ
左目が悪い「左目が使えていない」 6年前、ある有名な治療家の先生のところへ初めて行った時に言われた言葉です。 目が悪い=視力が悪いとしか認識していなかった自分の考えが、180°変わった日でした。 「目が悪い」には、使いすぎた結果、視力が悪くなる。ということと、全く使うことができておらず、目が機能していない。 という2種類があるのだと知りました。 自分の左目は後者だったのです。 確かに、視力は両目とも悪いと感じたことがありませんでした。しかし、当時から徐々に右目の視力が低下し
自ら足かせをはめていた 考えなくてもいい余計なことを考えまくって自分が身動きできないようにしてしまうのが最大の課題だった。 過去の嫌な出来事をもとに想像した未来への不安。小さなことから大きなことまで、無意識に勝手な想像を膨らませて、こういうことをしたら、こんな嫌なことが起きるのではないだろうか、と自分の行動の可能性を自ら狭めていた。 僕は中学生の頃、友達に仲間外れにされた経験がある。当時仲の良かった友達に自分からちょっかいをかけにいったことが原因で、友達が怒り、そ
平日の朝活 珍しく早朝に目が覚める日が続いた。携帯の時計を見ると朝の5時。いつもであれば、これだけ早い時間帯に目が覚めると疲労感を感じて2度寝、3度寝を繰り返してしまうのだが、今週に関してはそのようなことはなく、むしろスッキリ目覚めた感覚に近い。ここ数年は、ずっと朝の目覚めが悪く、いつもギリギリまで起床できなかったのだが、久しぶりに朝から活動したいという意欲がみなぎってきた。 家の近くには、入会しているジムがあるので、朝からジムに行こうと決めた。仕事が繁忙期だったため3月~
先日、高校時代の同級生4人と久々に会って、ご飯を食べてきた。 めちゃくちゃ楽しくて、あっという間のひとときだった。本当に楽しくて、「心から楽しめている」というのは、こういうことを言うのだなと思った。 何回も同じことを言うが冗談抜きで今年一番楽しかった。残り約5か月、これを超える楽しさに出会うことはできるのかなとさえ思ってしまう。思えば、ここ数年こんなにも無邪気な会話はしてこなかった。思考ばかりを働かせて、理屈っぽく、感情があまり表に出ない会話が多かったなと。 その食事会で