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ミントの香りは町の記憶


ミュンヘンから西方30キロの所に位置する人口約1万2千人の町、アイヒェナウ。ここにドイツで唯一のペパーミント博物館がある。毎週日曜午後の2時間しか開かない小さな博物館がにわかに脚光を浴びることになったのは、昨年12月末、ローカル紙に載ったある記事がきっかけだった。

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首相がミントティーを20セットオーダー

「『こちらメルケルです。はい、首相です』アイヒェナウの市民が忘れることのできない電話をもらう。首相はあるものをリクエスト」

これが記事の見出し。

内容をかいつまんでみると、ペパーミント博物館の運営代表者のハンス・クルーガーさんに11月、首相直々の電話が入った。ミントティーの入った缶と詰め替え用の茶葉20セットを注文したいという。

ペパーミント博物館は1920年から50年代までアイヒェナウの主要産業だったペパーミント栽培の歴史を紹介し、農機具や関係資料などを展示した郷土博物館。生産地としての歴史は70年代で幕を閉じたが、博物館の友の会が町内の畑の一角でミントを作っており、乾燥させたミントティーを博物館のお土産として販売している。

メルケル首相がミントティー好きなのを知った運営メンバーが5月にコロナ対策で忙しい首相の健康を気遣い、慰労の意味をこめてミントティーをベルリンに送ったのに対して首相からお礼状が届くといった縁がうまれ、その上で改めて首相から電話でミントティーの注文が入ったという経緯だ。

クルーガーさんによると首相はアイヒェナウ産のミントティーのおいしさに感激し、博物館のことについても関心をもって尋ねてくれたとのこと。


ちょっとここで自慢をさせてもらいたい。私はメルケル首相よりもずっと前にこの博物館の存在を知って、2012年の夏に一度訪れている。アイヒェナウの駅で母と二人で道に迷ってまごまごしていたら地元の男性が車で博物館まで乗せて行ってくれたこと、館内ではダラダラと流れる汗を拭きながら展示を見て、振る舞ってもらった温かいミントティーに「冷たかったらもっとうれしかったな」と思ったこと、などなどの思い出が記事を読みながら蘇ってきた。

ペパーミント博物館を訪問

懐かしさとメルケル首相絶賛のミントティーをもう一度味わいたいというミーハーな欲望をおさえられず、初夏を待って博物館を再訪することにした。

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アイヒェナウ駅から博物館に向かう途上、老人ホームの入居者が付き添いの人と一緒に緑地帯をゆっくりと散歩する様子や、家が立ち並ぶ住宅街の風景をみていると、何も知らなければここがかつてペパーミント栽培で名を馳せた地だとは誰も気づかないだろう。

1939年のピーク時には12軒の専業農家と50軒の兼業農家が約40haの農地でペパーミントを生産していた。後で当時の地図を見たが、現在の町の中心部をペパーミント畑が占拠していたような状況だ。

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小川に沿って5分ほどで博物館に到着。博物館が入っている建物は小学校のすぐ隣に立つ旧図書館で、なだらかなスロープを下りて半地下にある展示室に向かった。

博物館の入場料は無料で、運営も受付も何から何まですべてボランティアが無報酬でやっている。この日の当番とみられる初老の男性がいて、先に来ていた二人の訪問者と立ち話をしていた。「こんにちわ」と私が挨拶すると、展示の順番を丁寧に説明してくれた。

ミッチャムミントの栽培は1918年から

 ではまずはアイヒェナウでのミント栽培の歴史から。

 ことの始まりは1918年。アドルフ・プファフィンガーという公務員が、農業試験場からミッチャムミントと呼ばれる英国産のミントの根っこをリュックサックに詰めて持って帰ってきた。彼が植えたミントはアイヒェナウの保水力の高い泥炭土壌に合って良く育ち、それをみた近所の農家も真似をしだし栽培面積が急増した。
 生産方法の改良が重ねられ、アイヒェナウのミントは精油を多く含む高品質のものとしてドイツ全土に名がとどろき、主に医薬、製薬分野で使われるようになった。
 しかし1956年に医薬品と香辛料市場が外国産品にも開放され、低価格商品との競争や労賃の高さが足かせとなってアイヒェナウでのミント栽培は徐々に衰退。1979年に最後の農家が廃業して、この地のミント栽培の歴史は途絶えた。博物館の友の会ではその歴史を後世に伝える目的でミントを育てている。
 

というのがおおかたのあらまし。

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歴史に続いて栽培から加工にいたるまでの様子が展示されていた。秋に植えた根から葉がのびて、6月半ばから末にかけて一回目の葉を刈り取り、葉と茎を分けて、葉は専用の網棚で乾燥。8、9月は少し品質の劣る二回目の収穫の時期になる。

メルケル効果でミントティーが大人気

私が展示を見学していると、ミントティーを購入希望の中年女性がやってきた。ボランティアの男性は「申し訳ありませんが、ただいま売り切れです。6月末に収穫して、9月半ばにまた販売を再開しますから」と説明していた。女性からの「あら、首相に送る分はあったのにね」と皮肉混じりのコメントにも「そりゃ首相なんて激務をこなしているんだから、ちょっとぐらいはいい思いいをしてもあたりまえでしょうよ」と軽くあしらっていた。


他にもミントティーを求めにやってくる人が何人かきたので、私も自分のミーハーぶりは棚にあげて「メルケルさんの宣伝効果はすごいですね」と男性に声を掛けると「アイヒェナウ産は味が違うんだよ。隣町のイベントでアイヒェナウのミントティーというふれこみで売っていたけど、正真正銘は博物館で売っているのだけさ。ハハハ」と自慢げに応えてくれた。


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薬やガムや歯磨き粉など、ミントを使った製品を見て、いかに生活に密着した植物かと改めて感じながら丹念に展示品をみているうちに瞬く間に閉館時間になってしまった。

最後に男性が魔法瓶に入ったミントティーを紙コップに注いで渡してくれたので、ありがたく頂戴する。すっきり爽やかなのどごしは乾いたドイツの夏にぴったり。

そういえば、「ミントティーは林間学校とかの食事の時に出される飲み物の印象だ」」とドイツ人の友人は言っていた。リラックス効果がうたわれたり、腹痛に効くというミントだから、親元を離れて緊張状態の子供達の体調管理にも一役買っているのかもしれない。


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ミントの香りは町の記憶

ミュンヘンに戻る前に、博物館で栽培しているミントの畑に立ち寄った。収穫間近の植物はすくすくと育っており、ちょっと葉をこすって鼻を近づけるとスッとひんやりした香りが鼻の中を通り過ぎていく。

かつては収穫時にミントの香りが町一帯を包んでいたことだろう。博物館で見た女性陣が畑で働く写真の情景が頭をよぎった。

ドイツにいると歴史を大事にしようとする姿勢をよく感じる。過去があるから未来へ続く。アイヒェナウの町の記憶を大切に残そうとする人たちからもそんな気持ちが伝わってくる。過去の歴史を知ることで地元への愛や誇りが生まれ、それが次の世代へとバトンタッチされていくのだ。

ミントの香りは町の記憶ーそんな言葉が心の中に浮かんだ。
 

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