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処女作はハチの恋の物語

 あれは夏休に入る直前の小学校三年生の夏の日の事だった。

 朝、教室に入ってみると教卓にとても大きなスズメバチの巣があった。

 大きさは直径50センチはあったと思う。

 もちろん、巣は駆除された後で中には何も入ってはいなかった。

 スズメバチと言えばハチの中でも凶悪で刺されると最悪死に至ることもあるというのは知っていたのでクラス中が遠巻きにその巣を眺めていた。

 やがてホームルームの時間になって担任がのっそりと教室に現れて、ニヤッと笑ってどうだデカいだろうと何だか自慢げに話しだした。

 何でも学校の近所に住んでいるお爺さんの家の納屋にスズメバチが巣をかけたらしく、気が付いた時にはこの大きさになっていたらしい。

 大人数人がかりでハチを駆除して中の蛹や幼虫も取り出して完全に空になった状態でせっかくこんなに大きいのだから子ども達に見てもらいたいと寄贈したとのことであった。

 虫が苦手な子たちはあからさまに嫌悪感を示していたが私は興味津々だった。

 その巣をペチペチ叩きながら先生はみんなに宿題を出すと言ってきた。

 それはこの巣を見てどう思ったかという感想文を書くか、どうしてここまで巨大になったかを想像して物語を書いてくるようにという物だった。

 最低でも原稿用紙二枚というノルマが課されてクラスはブーイングに包まれた。

 スズメバチの巣は学校中に見せて回るのでホームルームが終わる時に回収された。

 友達にはあ~あ面倒な宿題が出たなぁと文句を言っている奴もいたが、私はそのハチの巣に創作意欲をいたく刺激された。

 その日は一日中蜂の巣の事ばかり考えて過ごしたのをよく覚えている。

 帰宅後にさっそく原稿用紙を広げて、女王バチと働きバチとの許されない恋の話を書き始めた。

 次から次に新しいイメージが沸いてきて筆が乗った。

 ハチの生態も知らないものだから女王バチに見染められた一匹の働きバチの平和で愛に溢れた描写を延々と書き連ねていった。
 
 何だかんだで最終的には原稿用紙五枚を超えるその当時の私にしては大作を書き上げた。

 これは凄いものが書けたぞと鼻息も荒くその日は興奮してなかなか寝付けなかった。

 翌日に学校に行くとさっそく宿題の回収が行われた。

 私は自信満々に自分の作品を提出した。

 それから放課後になって先生から今日の宿題を返すぞと言われた。

 え~この中で一人だけ物語を書いてきたやつがいる、ロジャーちょっと来いと言われて前に呼ばれた。

 目立つことが何よりも嫌いだった少年の私はええっ!と思ったが渋々席を立った。

 先生が言うにはみんなはスズメバチの巣の大きさの感想文だったが、お前だけ物語を書いてきたんだと言われて何だかとても恥ずかしくなった。

 しかも残酷な事にその場で自分の作品を音読するように言われた。

 先生の言う事には逆らえなかったので私は顔を真っ赤にしながら女王バチと働きバチの禁断の恋の物語を震える声で読んだ。

 途中で意地の悪い子が何でハチの気持ちがわかるんだよとか、おい飽きたぞとツッコミが入る中必死に読み上げてうつむいたままで自分の席に戻った。
 
 あの時のいたたまれなさは人生で初めて会う辱めであった。

 それでも先生はいいか、物語を書くというのは大変な事なんだそれを笑うやつの方が先生はどうかと思う、ちゃんとお話しを書いてきたロジャーに拍手と言ってみんなが気のない拍手をしたところまでは覚えている。

 後は気がついたら家に帰っていた。

 でもあの日初めて巨大スズメバチの巣を見た瞬間にバチッと物語が頭の中に流れ込んできた感覚は今でも忘れる事が出来ない。

 情報の渦が頭の中に浮かぶというか、情愛の物語が心にわいてきたのは間違いのない事実である。

 まあ未熟な小学校の書いたお話しでありそれは陳腐なものだったろう。

 しかしあれから四十年たった今でも物語を描きたいという衝動がいまだにこうして自分に残っているという事は不思議であり執念深いなと思う。

 近年になって小説のコンテストに応募するようになったが残念ながら大きな結果にはまだ結びついていない。

 それでも、まだまだ自分の中で創作の火は消えてはいない。

 ここに毎日来ているのも何かを伝えたいからである。

 でも、先生みんなの前での朗読は心の底から恥ずかしかった。

 ちなみに物語の内容はさすがにぼんやりとしか覚えていないが身分違いの恋に翻弄される二人を描いたことは覚えている。

 賞金だ賞レースだと言った邪念のないピュアな物語をもう一度書いてみたいものである。

 以上が私の初めての創作についての思い出話であります。

 いやぁ、懐かしくもほろ苦い思い出ですなぁ。

 

 

 

 

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