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博物館 冬の時代に

堤  隆

朝日新聞 連載コラム 「時計をはずして」 2009年2月4日 掲載
 
「展示の語り」こそ博物館の力(掲載時のタイトル) ※01

 近くにある市立博物館が休館に追い込まれた。入館者の大幅な減少と赤字、市の財政状況が理由だという。
 たとえば病院が廃止ともなるとたちまち住民生活に影響がでる。しかし、博物館がなくともいっこうに困らない。未曾有の不況も手伝って、博物館それぞれの真の存在意味が問われているといっていいのだろう。

 一方、同じミュージアムの範疇でも、上田市にある無言館は年間10万人が訪れると聞く。展示作品には、戦下の絶望の底にあっても画学生が失わなかった希望が込められているのだ、と窪島誠一郎館主はいう。館名の重みも含め、人を惹きつける強い力が絵に存在するのだ。

 私も、かつて企画した写真展「昭和のこどもたち」で、作品の放つ力を目の当たりにしたことがある。写真の主人公は昭和28年の小学一年生たち。今年100歳となる写真家熊谷元一が現阿智村で写したものだ。誰もが貧しさを抱えた時代の子供らの、遊び、けんか、学校、子守り、田植えなど何気ない日常を、教師でもあった熊谷の優しいまなざしがとらえた写真だ。
 写真を食い入るように見つめた人びとは、やがて堰を切ったように隣人と語り始めた。

 その足を止めたのは、一旦は「あの頃」という懐かしさへの回帰であったらしい。しかしモノクロームの写真の奥にある「ほんとうの豊かさとは何か」という問いかけが、観る者の心をとらえて離さなかった。

 「博物館行き」となったモノを、意図もなく時代順に並べただけの骨董的展示は、近く幕を引くことになるだろう。
 作品本来が備えた力を核に、織り込まれた物語をいかに引きだすか。それこそが展示という行為ではなかったか。人々の感性を揺り動かす展示の語りが生まれたなら、「博物館冬の時代」にあって、淘汰の波を抜け出す可能性が開けよう。

※ 01
自分自身は「博物館 冬の時代に」とタイトルをつけて朝日新聞社に出したが、整理部が<「展示の語り」こそ博物館の力>とつけてきた。まったく、気にくわない。

※ 02 
熊谷元一 【くまがい もといち】
1909年7月12日生まれ、2010年11月6日没(享年101歳)。
小学校教員ののち、写真家、児童画家。


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