『天秤』

あるところに天秤がありました。
その大きな二つの皿にはどんなものでものせることができ、どんなものの重さも測ることができました。
しかし、その天秤はたまに不正おかしな結果を示しました。
あるりんご農家がリンゴを右側に5個こせ、左側にみかんを5個のせると、天秤は右側に傾きました。
その人は嬉しそうにうなずきました。
あるみかん農家が同じように右側にみかんを五個のせ、左側にリンゴを五個のせると、天秤は同じように右側に傾きました。
その二つの結果を見ていた男は少しの疑念が湧きました。
どちらも同じリンゴとみかんに見えたからです。

その男は何か別のものでもそうなるのではないかと思いました。
彼は狩りに使う弓矢と戦いに使う剣を持ってきました。
傍目から見れば、重そうなのは剣です。
しかし、男がそれぞれを天秤にのせると、それは右側に傾きました。そこにあったのは、狩りに使う弓矢でした。
男はその疑いをさらに強いものにしました。
男は自分ののせた弓矢と剣を持ち比べてみました。すると、どう考えても重いのは剣でした。
男は自分の感覚を疑いました。
もしかすると、他の人が持てば弓矢の方が重く感じるのではないか。そう考え、男はその二つを持って友人のところを訪ねて行きました。

友人の家に着くと、男は
「おい、確かめてみてほしいことがあるんだが。」
と言って、友人を呼び出しました。
友人は眠そうな顔をして扉を開けました。
「なあ、この二つ持ってくれないか。」
男は友人に弓矢と剣を渡しました。
友人は首を傾げました。
「どうしたんだ。」
男は持たせることに必死で本来の目的を忘れてしまっていました。
「ああ、忘れていた。弓矢と剣、どちらが重い。」
「そりゃ、剣に決まっているだろうよ。」
友人は不思議そうに男を見てそう言いました。
男はそれに満足して友人の家を去りました。

男はもう一度天秤に向かいました。
男は右手側に剣、左手側に弓矢をのせました。天秤は全く動きません。男はますます不信感を募らせました。
男は天秤をくまなく検査しました。色々なところを点検しましたが、故障を思わせる箇所は一つもありませんでした。
男はこれは目の錯覚かもしれないと思い、近くにいた女を呼び寄せ、
「今から天秤にこの二つをのせるから、どちらに傾いているか教えてくれないか。」
と懇切丁寧に言いました。
女は不思議がっていましたが了承しました。
男は先ほどと同じように、右手側に剣、左手側に弓矢をのせました。
すると天秤は先ほどと寸分も違わず動きません。
女はますます不思議そうな顔をして、
「どちらにも傾いていないように見えますが。」
と言いました。
男は納得して帰りました。

その天秤の噂は国中に広がり、天秤の上には様々なものがのせられるようになりました。
そしていつしかその天秤は女たちの競争道具になりました。
女たちは天秤の周りに集い、我先にと天秤の皿に乗ります。
すると天秤はどちらかに傾きます。
その天秤はたいてい我先にとのろうとはしていない人のほうへ傾きました。
痩せている女がこの国では理想的なようで、傾かなかった方の女は喜びました。
女たちはその天秤に夢中になりました。
天秤の噂は女王様の耳まで届きました。
彼女は自分の体重の軽さに自信がありました。そして美の象徴として国中で讃えられるほどの美人でした。
ある時、彼女は広場にある天秤を王宮まで持ってくるように言いました。
しかし、部下たちがいくら天秤を動かそうとしても天秤は全く動きません。
部下たちは諦めて帰りました。
彼女はそんな彼らを罵りました。
「なぜ、私のいうことをできないの。あなたたちなんて部下にするんじゃなかった。」
部下たちはその言葉で傷つきました。
彼らの中には自殺を図ったものがいました。

そんな彼は女王様の部下を辞めました。
彼は天秤の前まで行きました。
天秤の皿には今日も女たちがのっていました。
彼は広場の石の上に座りました。
そんな彼に話しかける男がいました。
剣と弓矢の重さをはかっていた男です。
「君はあの天秤を持っていこうとしていただろう。おそらくそれは無理だよ。」
男は彼を諭すように言いました。
「どうして無理なんですか。」
「それは君が人間だからだよ。もし、牛が押すとかだったら動くだろうね。」
男は天秤を虚ろな目で見ながらそう言いました。

彼はそれから王宮に戻りかつての同僚にそのことを伝えました。
そうすると同僚たちは王女様に内緒で牛を用意し、天秤まで向かいました。
「王女様のもとにこの天秤を届けたい。」
彼らはそう意気軒昂と宣言しました。
天秤の周りにいた女たちはその意気に押されそこから退きました。
彼女たちはその運搬に不信感を示していました。彼女たちもまたその天秤を動かそうとして失敗していたからです。
しかし、牛がその天秤を押すと天秤はいとも簡単に動きました。その勢いのまま、王宮まで天秤は動かされました。

彼らは王宮の門を開け、声高々に
「王女様、天秤を持ってきました。」
王女様は上の部屋から顔を出しました。彼女は降りてくる気配がありませんでした。
「王女様、天秤を持ってきました。」
彼はもう一度叫びました。
「もう興味ないわ。」
彼女はそう言い放ちました。
しかし、後ろからついてきていた女性たちも王女様がどれほどの体重であるか気になっていたのか、口々に言いました。
「自信がないから出てこないんじゃないの。」
「バレるのが怖くて出てこないんだわ。」
「私たちに負けるのが怖いんだわ。」
彼女はそれに業を煮やしたのか妙に綺麗な歩き方で出てきました。
彼女は出てくるとすぐにその天秤にのりました。そして、その反対側に女性たちの中で一番傾いたことが少ないものがのりました。
天秤はその女性の方へ傾きました。
「やはり私は軽いのよ。」
彼女はまた別の女性を指名して反対側にのらせました。彼女の方へ傾くことはありませんでした。
彼女は次々に女性を指名しました。しかし、彼女の方向へも傾くことは一度もありませんでした。
彼女はとても満足げでした。

男はその様子を遠巻きから眺めていました。
そしてその天秤に近づくと、王女様に深々とお礼をしました。そして、
「この本と軽さ比べをしてほしい。」
と言って一冊の本を取り出しました。
彼女は自分の軽さに強い自信を持っていたのでそれを了承しました。
本をのせると、本の方へ天秤は傾きました。
「これは恐れ入りました。」
男はそう言って王宮を後にしました。
男はそれから王宮にある天秤にのる女性たちを毎日見ました。
そして、一度も傾かなかったことのない女性を妻にめとりました。
男とその女性は豊かに幸せに一生を暮らしました。
死ぬ直前、男はその女性にとても小さな声で耳打ちしました。
「この本よりも重いものは君くらいだよ。」
女性はとても恥ずかしげに笑いました。

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