ナンパに遭うと寝込む体質なんだよ。

恐ろしい、あの期待するような目が恐ろしい。自分に興味を抱いた男に連絡先を聞かれることがこれほど怖いことだとぼくは知らなかった。

プラスチックやガラスに混じる生ゴミの異臭が漂うなか、ぼくは人生で何度目かの“ナンパ”と言うものを受けた。資源ごみの選別場独特の異臭に音を上げた、若くて可愛い女の子たちが勤務直後に早退し、残りの派遣メンバーが男の子とおじさんとぼくの三人だけになったからだろう。女子成分がゼロに近づき、ぼくは繰り上がりで女と認識されてしまったようだ。
一緒に作業していた女の子の代わりに、若く飢えていそうな社員の男性(性欲が強そうでいかにも女子におだてられると人一倍ハッスルしそうなタイプの。女の子たちのウソみたいなスピード早退の受理に一役買っていた)と組むことになった。仕事中なのでふざけたくはなかったが、その時もうすでにひどい異臭にやられ参っていたぼくは、にこにこと笑顔を浮かべなるべく仕事を楽にしてぇなぁ…とそれはもう女の子らしく振舞った。すごいですね、めちゃくちゃ作業速いですね、なんてにこにこ。それは意外にもなんとまぁ驚いたことに──自分の笑顔を鏡で見たことがあるがそれはもう醜かったから──効果は抜群だったのである。

ぼくの隣でやる気に満ちた表情を浮かべ俊敏に仕事をこなす男。ラッキ〜!!!なんて思いながらさっきよりはるかに楽になった仕事をして、今日は終わりまでこんな感じかな、なんて考えていると隣から「きみ身長高いよなぁ」と声がかかった。ぼくは工場内の作業音に張り合った声で返答する。
「そうですか〜?」
「めっちゃ高いよな。もしかしたら俺よりあるんとちゃうん」
「ほんまですか?」
「何センチ?」
「168はあります」
「俺より高いやん!(ここで上から下まで眺め)」

「俺身長高い子好きやねん。彼氏おんの?」

おっっっっっっっと。こ〜れは雲行きが怪しくなってきた。
どうしようどうしたらいい円滑に効率的に仕事を進め何事もなく帰る方法は?パニックになりつつグルグルと対処法を探す脳内とは裏腹に、口は「いないですねぇ」なんて答えている。そして男は「えっホンマにおらんの?どこ住み?1人暮らし?」といくつもの質問を投げかけ、対処法がいつまでも見つからないぼくはま〜バカ正直に答えたわけだ。いかにも質問されたから答えているだけであなたの下心には毛ほども気づいていませんよという顔をしながら。そして男は楽しげに畳み掛ける。
「えっきみ〇〇の方に住んどんの?俺△△住みやし近いやん!!!」「会えるやん今度お茶しよ!」「ほんまに彼氏おらんのんよな?ほんまにやな?俺ラインやっとるし後で電話番号教えるわ」「いっぱい話そうや」

**勘弁してくれ〜〜〜〜!!!!!!!!!!! **

これはよろしくない。非常によろしくない。その日は完全に男スタイル(胸が目立たなくなるような黒の厚手のトップスに紺のデニム生地のパンツ、髪の毛がほぼ隠れるカーキ色のキャップ。服の名称があっているかわからないので挿絵を見て欲しい)で、さらにその上からエプロンとヘルメットとマスクを身につけた人相の悪い目元以外は晒していませんよ状態だったのに。どこで間違えたんだぼくは????と自問しても答えは出ない。こんな容姿をしている女もどきをきちんと女と認識し連絡先を聞いてくる時点でぼくの経験は何一つ役には立たない。(この自虐癖のせいで、初めてナンパに遭ったときもうまく対処ができず泣きながら逃走し、3日も寝込んだというのに。ぼくは全く成長していなかった!)

それからは、話しかけようとする雰囲気を察知したら床の掃除をするふりをして避けたり、不審に思われそうな頃合いでめちゃくちゃどうでも良いような話をこちらから振ったりした。昼休憩は同じ派遣の男の子とひたすら喋って近寄れないようにした。(こういうタイプの人は、不思議と同じ性別の人間がいる前では連絡先を聞いてこないのだ)

そうして普段のぼくも涙ぐむような努力で自分の連絡先を死守した。が。

代わりにぼくがよく行く喫茶店の場所を教えてしまったのである。

馬鹿〜〜〜!!!!!!!ほんとめちゃくちゃ馬鹿〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!
ぼくの出没場所をぽろっと漏らすと男は「ほんまに!???ほんまにしょっちゅうおるんやな????そこで会える?」と確認してきてぼくが先に上がる頃に再度「お疲れ!あの喫茶店でまた!今度はなんか食べながらでも話そうや」と念を押して仕事に戻っていった。
そこに行く日も出没時間もぼくのラインのIDも教えることなく帰れたのはぼくにしては大健闘だと言っていいが、自分の一番心地よくいられる場所に今後近寄れなくなってしまったことは戒めとして心に刻んでおこうと思う。そうしてぼくはその男の眼差しがトラウマと恐怖という形に変わって重くのしかかり、翌日は一歩も外に出られなかったのであった。まる。

#日記 #エッセイ

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